第417話
だが、先程の音を聞いていたらしく、次は自分の番だと怯え切っていたんだろうね。
「萌乃花」
そう背後から名前を呼んだ瞬間、彼女は体をビクッとさせて振り返ると同時に水風船を投げてきたのだ。
至近距離で避けられるはずもなく、僕は顔から思いっきり冷水を浴びてしまう。プレートの数字もひとつ減った。
「え、
「あー、うん。僕だよ」
「ごめんなさい! てっきり敵さんが来たのかと思って……」
「謝らなくていいよ、背後から近付いたのが悪かったし。それに間違いなく敵ではあるからね」
僕と萌乃花は本来別のチームだ。慈悲みたいなもので助けてあげはしたけれど、もし相手がバケツくんなら迷わず背中に投げつけていただろう。
何はともあれ萌乃花は水風船を投げ、敵である僕にぶつけてライフを減らした。何らおかしい流れではない。
「でも、やれば出来るんだね。その調子だよ」
「えへへ♪ でも、投げ合いなんて怖いです」
「それなら隠れて狙えばいい。2人はまだ気付いてないみたいだから、こっそり後ろから回れば倒せるかもしれないよ」
「すぐバレちゃう気がしますよぉ……」
「それなら、僕と手を組もうよ。みんなライフはひとつずつなんだし、2人で片方ずつ倒せば少しはやりやすくなるし」
「そんなことしていいんですか?」
「ダメとも言われてないよ」
「た、確かに……」
彼女は少し悩んだ末、自分がなるべく生き残るためにはその方法しかないと判断したのだろう。
「よろしくお願いします!」と頭を下げてから、大きく深呼吸をして水風船を手に持った。
やる気も戦闘準備も万端、あとは僕が囮となって注意を引き、相手の背中を萌乃花の方へ向けさせるだけだね。
「よし、行こうか」
「はいです!」
力強く頷いた萌乃花にはここで待機してもらい、僕だけが移動して敵を探す。
どこかで話し声が聞こえていたのかもしれない。近付いてきていた麗華と鉢合わせするまでそう時間はかからなかった。
「見つけましたよ、瑛斗さん!」
「僕も探してたんだ。ここで決着を着けよう」
「ふふふ。先の対峙では不覚をとられましたが、私は同じ
「それは僕だって同じだよ」
そう言うと同時に、ほぼノールックで真後ろへと水風船を投げる。
さすがに距離があったから避けられてしまったけれど、そこに立っていた紅葉が慌てて飛び退いたから、障害物に隠れていた姿がちゃんと見えるようになった。
「さっきの挟み撃ちは上手くいったけど、さすがに2回目は無駄だよ」
「さすが瑛斗ね、気付かれてたなんて」
「紅葉はぼっちの間に存在感を消す術を学ばなかったのかな。それはそれでいいことだけど」
「……悲しい話になりそうね」
「大丈夫、僕は学ばざるを得なかっただけだから」
「その話、また今度でもいいですか?」
麗華に急かされたから、仕方なく中学時代のちょっぴり悲しい思い出には蓋をしておく。
それから体をこちらを見る2人に対して垂直にして、数歩下がりながら2人が同時に見える位置まで移動した。
「それにしても、本格的に手を組むとは思わなかったよ。2人とも僕より強いのに」
「遊びでも本気でやるのが私流ですから」
「私も同じね。手を抜くのは好きじゃないのよ」
「うん、よく知ってるよ。2人がそういう性格だってことも、逆にどうすれば不意をつけるかもね」
僕がそう言いながら水風船をひとつ天井に向かって放り投げると、横から一直線に水風船が飛んできて空中でぶつかる。
割れやすい水風船も同じく割れやすいもの同士でぶつかると、ある程度反発をするものだ。
ぶつかった速度がそれなりにあったからか、互いに弾き合った水風船はちょうど麗華と紅葉目掛けて飛んでいく。
もちろん、いくら予想外の出来事とはいえ、運動神経のいい2人にはいとも簡単に避けられてしまった。
しかし、僕はこれでダメージを与えようなんて思っていない。今の攻撃は言わば狼煙を上げて宣戦布告しただけなのだから。
「っ……もうひとつの水風船は一体…………え?」
後ろ向きに退散した紅葉は、背中に感じた冷たい感覚で『共謀者』の存在に気づいた。そう、横から水風船を投げてくれた萌乃花だ。
彼女の手には既に割れた水風船の欠片が残っているだけ。こっそりと背後から忍び寄り、投げつけるのではなく押し当てるという方法で紅葉を倒したのだ。
「私が……負けた……?」
「紅葉ちゃんの首、頂いちゃいました♪」
「萌乃花、余韻に浸るのは後にしよう。まだ麗華を倒さないとだから」
「はいです! 今度はこちらが挟み撃ちですよ!」
「分かった、その作戦で行こう」
萌乃花が頷いたのを確認すると、僕は駆け足で麗華の背後へと回る。
反対側へ逃げようとしたところを萌乃花に止められ、麗華はまさに袋の中のネズミ状態だ。
「くっ……私もここまでのようですね……」
彼女は抵抗しようとはせず、大人しく負けを認めて両手を上げた――――――――かに思えた。
しかし、勝てる可能性がある限り、僕は彼女が諦めようとしないことを知っている。だから。
「なんて言うわけないじゃないですかっ!」
不意を突いて投げてきた水風船を寸前のところで避けられた。だが、萌乃花はそう上手くいかなかったらしい。
様子を確認した瞬間、ちょうど顔に当たるのを防ごうとした彼女の手に水風船が当たる様子が、走馬灯のようにスローで見えた気がした。
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