第416話

 麗華れいかと離れてから数十秒後、僕は次のターゲットの存在を確認していた。

 相手は萌乃花ものか。かなり周囲を警戒しているようだけれど、緊張しているのか体が強ばっている。

 おまけにこういうゲームが初めてなのか、隅っこに身を寄せていた。

 背中から狙われる心配が無いと安心する気持ちは分かる。ただ、あれでは襲いかかられた場合、逃げ場を失っちゃうね。

 自分はそんな相手の隙を狙おうとしているのだから、我ながら性格が悪いよ。出来ればこんなことはしなくないんだけど……。


「萌乃花」

「ひゃ、ひゃい?!」


 せめてもの気遣いとして、僕は名前を呼んでこちらの存在を知らせてあげる。それから下投げで緩く水風船を放った。

 ただ、緊張度MAXの彼女は正常な判断もままならないようで、あわあわと慌てたかと思えば水風船をキャッチしようとしたのだ。

 もちろん受け止められるはずもなく、手の中で割れてしまったことでアウト判定。胸元のプレートから数字がひとつ減らされた。


「あぅ……難しいです……」

「ちゃんと避けないとダメだよ。あと、隠れてるだけじゃ勝てない」

「そう言われましても、怖いものは怖いんですよぉ……」

「じゃあ、僕に向かって投げてみて。思いっきりでいいから」

「い、いいんですか?」

「痛みもそんなに無いし、それで萌乃花が楽しめるようになるならライフひとつくらい安い代償だよ」

「……では、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 彼女はそう言って水風船を握ると、やはり慣れていないのかいわゆる『女投げ』と言われる投法で腕を振り切る。

 水風船は僕の体目掛けて飛んで……来たかと思ったけれど、少し角度が悪かったようで手前の障害物に当たってしまった。

 本来ならそこで割れるはずなのだが、さすがは不幸体質と言うべきだろうか。何故か水風船はバウンドして萌乃花の方へと跳ね返ったのである。


「んぇっ?!」


 突然のことに反応できなかった彼女は、またも水風船の餌食となり、数字がもうひとつ引かれた。

 自爆でもアウト判定になるとはね。まあ、戦場でも自分の撃った弾丸に当たればアウトなわけだし、そう意外なことでもないのかな。


「さ、最後のライフですぅ……」

「えっと、とりあえず狙われないようにして。僕がしばらく足音を立てて注意を引いてあげるから」

「でも、そんなことをしたら瑛斗えいとさんが……」

「大丈夫。こう見えてドッチボールで避けるのだけは得意だったから」


 萌乃花は心配そうなままではあったけれど、何とか納得してくれたのかトコトコと走って隠れてくれる。

 さすがにこのままストレートで負けたとなれば可哀想すぎるし、せめてもう少しだけでも長く生存させてあげよう。

 僕は心の中でそう呟くと、約束通り足音を立てて走り始める。それを聞き付けた紅葉くれはと麗華はもちろんこちらを狙ってきた。


「食らいなさい!」

「隙ありです!」


 予想はしていたので、何とか体を捻ってギリギリ2つの水風船を回避する。

 紅葉の水風船は障害物に当たって弾けたが、麗華の水風船は僕の頬スレスレを通り過ぎて、背後にいた紅葉の肩に当たった。

 流れ弾でライフがひとつ削られてしまった彼女は、悔しそうに頬を膨らませながら次の水風船を手に取るけれど、何かを思いついたようにハッとしたかと思えばニヤリと口元を歪ませる。


「ふふ、これならどうかしら!」


 紅葉はこっそりと補充しておいた分も含めた4つの水風船を持つと、こちらの頭上目掛けて同時に投げる。

 それを見ていた麗華もすぐに同じ行動をしたことで、僕は一気に8つの水風船の雨に襲われることになった。


「これはずるいよ」

「作戦勝ちよ!」

「強敵は潰して奥に限りますからね」


 勝ち誇る2人の顔は、このまま多段ヒットして1発ゲームオーバーになる未来を見ている。

 確かにこれら全てを避けることは不可能だろう。しかし、僕は見逃さなかった。

 空中で紅葉と麗華の水風船がぶつかり合ったことで、ある程度落下地点が一点に集中してしまったことを。


「っ……」


 一か八かではあったが、頭より先に反応した体に任せて左へとローリング。

 ひとつ当たることは防げなかったけれど、数字がひとつしか減っていないところを見るに、他の7個の被害は寸前のところで回避出来たらしい。


「なっ?! なんて判断能力なのよ……」

「さすがは瑛斗さんですね……」

「2人ともいい作戦だったよ。でも、あれは2人がちゃんと手を組んで行わないと。ほら、目の前の利益に走りすぎたツケが回ってきちゃってるし」

「「……あっ」」


 しまったと言わんばかりに声を漏らした2人の腰には、もう攻撃手段がひとつも残されていない。

 自分がやられる心配がないのなら、こちらからはいくらでも仕掛けられる。

 僕は「とりあえず、萌乃花と並んでおこうか」と呟くと、逃げようとする紅葉に一発、水風船を補充しようとしていた麗華にも一発当てておいた。


「うぅ、私としたことが……」

「してやられたわね……」


 トドメを刺さないのは、別にじわじわと痛めつけたいからじゃないよ。

 みんなが並んだ状態なら、まだ萌乃花にも勝ち目があるからね。ここからがゲーム本番ってわけだ。

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