第414話

 萌乃花ものかの精神状態がようやく落ち着いてきた頃、僕たちは気晴らしにと次の遊具へ足を運んだ。


「これをやってみる?」

「どうやって遊ぶのでしょう」

「解説が書いてあるわよ」


 紅葉くれはが読み上げてくれた説明によると、目の前に並んだ二つの円柱と正面にあるT字ハンドルを使うらしい。

 スタートの合図と同時にハンドルをポンプの容量で上下させると、円柱にどんどん水が送られていくというシステムだ。

 一定時間の間により多く水を注ぐことが出来た方の勝ちと勝利判定はシンプルなもので、ある意味白熱しそうではあるね。


「筋肉痛になりそうです……」

「やりたくないなら無理しなくていいよ。紅葉と麗華れいかがやってるのを見とこう」

「どうして私たちはやる前提なのよ」

「か弱い乙女として、こんな力勝負は遠慮したいのですが」

「僕より力強いでしょ?」

「それでも腕が太くなってしまいます!」


 ここまで拒むなら仕方ない。どんな感じなのかは気になるし、自分一人だけでやってみよう。

 そう思ってハンドルを握ると、どういう風の吹き回しか紅葉と麗華が同時にもう片方のハンドルに飛びついた。


瑛斗えいとさんがやると言うのなら、私もやらないわけにはいきません!」

「どうせなら瑛斗対3人でやればいいじゃない」

「いいですね、それなら力もそこまで必要ないでしょうし」

「わ、私もやるんですか……?」

「早く来なさい!」

「ひ、ひゃい!」


 紅葉の声に体をビクッとさせた萌乃花は、大慌てでハンドルを握る。

 ただでさえ力には自信が無いと言うのに、3人を相手するとなると勝負は決まったようなものだろう。

 僕は単純にもそう思い込んでいた。3人の了承を得てゲームを始めるまでは。

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 結果は以外にも僕が勝ってしまった。

 3人なら純粋に力も3倍になるかと思ったのだが、どうにも萌乃花が問題だったらしい。

 彼女は掛け声い合わせようと意識しすぎるあまり、混乱して引く時に押す、押す時に引くをしてしまったのだ。

 萌乃花が意外と力が強かったこともあり、向こうのチームのハンドルはほぼ動かないまま、3分の1まで程度しか貯められなかった僕が勝利したのである。

 ちなみに、高校生男子の平均は3分の2なんだってね。みんな健康なようでよろしい。


「もう、少しは合わせなさいよ!」

「集団行動は苦手なんですぅ……」

「まあまあ、東條とうじょうさん。そんなに怒らなくてもいいじゃありませんか」

「うぅ、麗華ちゃん!」

「こういう時は、空気が読めるようにきっちり調教してあげればいいのですから……ね?」

「ひぃっ?!」


 笑顔なのに何か黒いものを発している麗華に腰を抜かした萌乃花は、「そうね、それがいいわ」と微笑んだ紅葉によって挟み撃ちにされてしまう。

 負けず嫌いな性格が暴走すると危険だ。僕は慌てて二人の間に割り込むと、萌乃花の肩を支えてあげながら立ち上がらせた。


「2人とも、許してあげてよ。萌乃花だって頑張ってたでしょ?」

「瑛斗は勝ったからそう言えるのよ」

「勝者に負けた人の気持ちなんて分かりません!」

「……そこまで言うなら、もう1回勝負する?」


 この状況を丸く収めるにはこの方法しか無い。そう判断して口にした一言に、彼女たちは引き寄せられたかのように視線をこちらへ向ける。


「その代わり、僕がもう一度勝ったら許してあげて」

「仕方ないわね」

「その条件、飲みましょう」

「じゃあ、人が来たら困るから早く済ませちゃおう」


 そう言って3対1の勝負を再度開始する僕たち。先程の失敗から学んだのか、萌乃花は自分の中のテンポをひとつ遅らせることで何とか2人に合わせていた。

 その変化があったおかげか、僕は圧倒的な差で負けてしまう。けれど、それで良かったのだ。


「ふふ、私たちの方が強かったわね!」

「本気を出せばこんなものですよ」

「えへへ、上手く出来ましたぁ♪」


 だってこの勝負、僕が勝っても負けても丸く収まるようになってたんだからね。

 何はともあれ、萌乃花が笑顔に戻ってくれてよかったよ。修学旅行に悲しい顔は似合わないし。

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