第413話
僕が流されてからほんの少しして、
彼女は負けたことが余程悔しいようで、仰向けに倒れたまま不貞腐れたような顔をぷいっと背ける。
「紅葉は頑張ったよ。少なくとも僕には勝ったし」
「
「確かに。僕、運動はC級だもんね」
「もう少し身長が高ければ耐えれたのよ。というか、ボールが転がってくるなんてルールがあるなら言っときなさいよね!」
「すごく慌ててたもんね」
「鼻先に当たったんだから……」
そう言いながら鼻を撫でる彼女を、僕は手を引いて起き上がらせてあげる。
それからよしよしと頭を撫でると、「でも楽しかったね?」と聞いてみた。
「そ、それはもちろん……」
「ならよかった。楽しくないって言われたら、僕もちょっと落ち込んじゃうところだったよ」
「そんなこと気にしなくていいわよ」
「気にするよ。紅葉が楽しんでくれないと、僕だって楽しくないんだもん」
「そう言う意味じゃなくて……」
彼女は何やらモジモジとすると、恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見てくる。
そして足元に転がってきたボールを拾うと、それで口元を隠すようにしながらボソッと呟いた。
「瑛斗となら……どこでも楽しいから……」
「ごめん、聞こえにくいんだけど」
「っ……一度しか言わないって言ったでしょうが!」
「そんなこと言われてないと思うけど」
「今決めたの! もう二度と言わないから!」
「不遡及の原則って知ってる?」
「うるさいうるさい! あなたとならどこでも楽しめるなんて絶対に言わないわよ!」
「……あ、言ってくれるんだ」
怒ったような顔をしながらも、紅葉は「伝わらないと意味ないじゃない」なんて言ってボールをぶつけてくる。
僕はそれを落ちる前にキャッチすると、お返しにと投げ返した。それが負けず嫌いに火を付けたのか、彼女もキャッチして割と強めに投げてくる。
そのボールは僕の右肩に当たると、上向きに跳ね返って紅葉の頭上へと落ちてきた。
彼女はそれをキャッチしようと手を伸ばすが、ちょうど天井のライトと被ってしまったのだろう。
眩しそうに目を細めた瞬間にボールはポムンとおでこに当たって、虚しくもポチャンと水面に落ちた。
「……惜しかったね」
「う、運が悪かっただけよ」
「運も実力の内って言うくらいだし仕方ない」
「それ、慰めになってないわよ」
僕たちがそんなやり取りをしている間にも、この水流立ち続けチャレンジの難易度はさらに上がり、もはやボールの数はとんでもないことになっている。
しかも、ただ流すだけではなく、専用の機械にセットしてプレイヤー目掛けて射出されるほど。
アナウンスの人によれば、2人のように華奢な女の子でここまで残る人は多くないらしい。
「注目……うっ……されて……痛っ……ますぅ……」
「
「大丈夫じゃ……あぅ……ないかもです……」
ただ、萌乃花と
毎秒とんでもない量のボールが流されたり放り込まれたりしているはずだと言うのに、麗華の体に触れるのはせいぜいそのうちの2、3個程度。
残りの十数個はすべて吸い寄せられるように萌乃花の方へと飛んでいくのだ。
「か、顔はダメですよ! お嫁に行けなく……うっ……お腹も危険ですからぁ……!」
麗華が足元に気を付けながら片手でペシペシと弾いているのに対し、萌乃花は顔とお腹の両方を忙しなく守り続けている。
不幸体質とはここまで色々なものを呼び寄せちゃうんだね。普通の体質に生まれたことに感謝しないと。
「それにしても、萌乃花ちゃんすごいわね。あれだけ受けながらも立っていられるなんて」
「きっと頑張ることに関しては才能があるんだよ。学園祭の時の勝負の時もだったけど、萌乃花は負けるとわかってても手を抜かない性格だから」
「逆に、注目を浴びたくないのに浴びてしまうって不幸が勝利に導くこともあるみたいだけど」
「プロもびっくりの悪運だよ」
そんな悪運が頑張る女子高生たちを見に来た人達の前で発動しないはずもなく、それから1分後に麗華は突然押し寄せたボールによって押し倒された。
これで開放されると安堵した矢先、アナウンスで知らされる『間もなく新記録!』の言葉にわざと倒れるという選択肢を塞がれてしまう。
「あぅぅ、不幸です……」
今日だけで何個目かも分からない不幸を前にして必死に踏ん張り続ける彼女の背中を見て、僕が『優しさ故の不幸だね』と思ったことは言うまでもない。
『新記録、新記録です! 一体どこまで記録を伸ばせるのか!』
「も、もう限界ですよぉ……」
『みんな応援してます! ファイトですよ!』
「み、見ないでください!うぅ……いっそのこと、ここで舌を噛みちぎって……」
見られている緊張のあまり、ここを死に場所に選ぼうとするほど追い詰められたところで、僕たちが慌てて引っ張り出しちゃったけどね。
どんな好記録も命には変えられないよ。
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