第412話

 萌乃花ものかが綺麗に全て完食した後、僕たちは当初の予定通り水を使って遊ぶことの出来る場所にやってきた。

 具体的にどんなものがあるかと言うと、シーソーの要領で連動した台を操作して水を零さないようにゴールへ運んだり、水鉄砲で次々に出てくる的を狙い撃ちするゲームだったりだ。

 どれも面白そうではあるが、すべて回る時間は無さそうなので、とりあえず萌乃花が行きたいと言ったものを先に試すことにする。


「これ、なんだろう」

「すごく水が流れてます!」

「見た感じ、その中に立つみたいよね」

「最後まで立っていた人が勝ちというルールでしょうか」


 麗華れいかの言う通り、入口横に立てかけられた看板には『最後まで倒されるな!』と書かれてあった。

 どうやらこのアトラクションは、膝下ほどの水深の場所に複数人で立ち、徐々に早くなっていく流れに抗って転ばないようにするゲームらしい。

 危険なように見えるけれど水深が深いのは中央だけで、転んで流されれば水深が数cm程度のところまで押されるらしいから溺れる心配はなさそうだね。


「チャレンジしてみる?」

「面白そうだもの、やるしかないわ」

「私も右に同じくですね」

「もちろんやります!」


 みんなの返事を受けて受付の人に声をかけた僕は、4人で挑戦するということで案内してもらった。

 特に複雑な説明があった訳でもないけれど、転んだら流れに身を任せることと、水を飲まないように仰向けになることは言われたね。

 係の人も数人立っていてくれるみたいだし、これなら紅葉でも安心して遊べるよ。


「……どうしてこっちを見るのよ」

「何でもないよ」

「分かってるわよ。私が一番溺れそうだとか思ってるんでしょ」

「超能力使えるなら早く教えてよ」

「そんな大層なものじゃないわよ。その目を見れば大体わかるわ、隠そうとするところからもね」


 紅葉は「30cmで溺れるわけないでしょうが」とブツブツ文句を言いながら、先にアトラクションの内部に踏み込んだ麗華を追いかけて入っていく。

 僕も緊張して躊躇っている萌乃花の背中を物理的に押して、2人の横に一列で並んだ。


『それでは、スタートしますね!』


 アナウンスの声が聞こえると同時に、足元の水がゆっくりと加速し始める。

 まだまだ余裕な様子を見て係の人はもう何段階かスピードを上げると、足踏みをした時に少し後ろに押される感覚を覚えるようになった。


東條とうじょうさん、そろそろ危ないんじゃないですか?」

「ま、まだ平気よ……」

「口ではそう言っても、体はふらついてますよ?」

「平気って言ったら平気なの!」


 体の小さい紅葉は、水の中に浸かっている体のパーセンテージが大きい上に体重も軽いため、僕たちよりも流れに弱い。

 まだまだ余裕な3人と違って、彼女だけは既に足に力を入れて前のめりにならないと行けない状態だった。


『もっと速くなりますよー!』

「え、あ、ちょっ?!」


 そんな紅葉の奮闘を知ってか知らずか、係の人は無慈悲にももう数段階スピードアップさせる。

 さすがに僕たちも踏ん張らないと危ない水流になってきたから、紅葉の場合は水中ルームランナー状態だね。

 バシャバシャと水しぶきを上げながら必死に押される力に抗う姿は、ホイールの中を走るハムスターみたいで可愛らしい。


「東條さん、ファイトですよ〜」

「はぁはぁ、なんかムカつくわね……」

「紅葉ちゃん、頑張ってください!」

「もう頑張ってるわよ……はぁはぁ……」


 体力はそこそこあるはずの紅葉も、水を相手にすればかなり体力を消耗しやすいのかな。息の荒れ具合からしてそろそろ限界が近いのだろう。

 そんなことを思ったのも束の間、もう数段階加速して最速となった水に抗うべく前へ歩き始めた僕の前方に、大量のビーチボールを持った係の人が現れた。


『それでは、ボール投入!』


 アナウンスと同時に放出されたそれらは、水の上を滑ったり跳ねたりながらこちらを目掛けて飛んでくる。

 麗華に関しては容易く手で弾くことが出来たし、萌乃花も顔面で受けながらも何とか立っていたのだけれど、僕には少々難しかったみたいだよ。


「うっ……あっ……くっ……」


 腹、胸、顔の順番でポンポンポンとぶつかられたことで仰け反ってしまい、そのまま水流に負けて呆気なく転んでしまったのだった。

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