第405話

 無事にお土産を買い揃え、昨日と同じく自宅へ郵送すふ手続きを済ませた後、僕たちはバスに戻って出発を待つことにする。

 どうやら予めある程度の計画を立てていたおかげで早めに済んだようで、他の人たちはまだもう少しかかりそうな様子だ。


瑛斗えいとさん、暇つぶしにこれでも食べてみません?」

「これは……ガム?」

「はい。ちょうど3つ入りなので、東條とうじょうさんと3人で分けられるんですよ」

「あれ、瑠海るうなさんは?」

「瑠海はギリギリまで店内を散策すると言っていました。試食が何回まで許されるのか、試してみたいそうですよ」

「意外と姑息なこと考えるんだね」

「ちなみに、クッキーの試食は3回目で止められたと報告がありました」

「さすがに制服だからね。ボーッとしてても一度見たらしばらくは忘れないよ」


 そんなことを言いながらガムを受け取った僕は、容器を受け取って隣の紅葉にもひとつ取ってもらう。

 彼女は少し怪しんでいるようで、警戒するように麗華れいかの顔をチラチラと見ていた。


「何か企んでるんじゃないかってないでしょうね?」

「ふふ、別に企んでなんていませんよ。私は正々堂々と運試しを挑んだだけです」

「……運試し?」

「このガム、3つのうちひとつはすごく酸っぱいんですよ。それを食べた人には、何か罰ゲームでもしてもらいましょう」

「どうしてそうなるのよ」

「その方が楽しいからです♪」


 彼女は最後のガムを手のひらに乗せると、「罰ゲームは猫の真似です!」と宣言して口に放り込む。

 それを見た僕も同じようにし、少し遅れて渋々紅葉もガムを食べてくれた。

 それから十数秒が経っただろうか。2人はしばらく顔を見合わせると、同時に首を横に振って自分では無いアピールをする。

 しかし、僕の顔を確認すると眉を八の字にして、お互いに相手を指を差しながら「んー!」「んーんー!」と口を閉じたまま小突き合いを始めた。


「……」


 そんな二人の間で、僕は一切言葉を発することなく前を見つめている。ただただ、この時間が早く過ぎ去らないかと言うことだけで頭がいっぱいだ。

 だって、口の中がものすごく酸っぱいから。酸っぱいという顔をするのも忘れるくらい、とんでもなく酸っぱいから。


「んんーんー!」(東條さんが罰ゲームですよ!)

「んんんー!」(だから、私じゃないってば!)

「んーんー」(私でもありませんよ)

「んんんん」(そんなはずないじゃない)


 どうしよう、いつ言い出そう。そう思っても、ヨダレが次々に溢れてきて口を開けない。

 表情が変わらないせいで自分だと思われていないらしいけれど、そのせいで二人が言い合いをしているのなら止めないといけないと言うのに。


「んんん?」(製造ミスですかね?)

「んん!」(きっと酸っぱいのがなかったんだわ!)

「んん♪」(それなら納得ですね♪)

「んん、んん」(悪かったわ、疑って)

「んーん」(私こそすみません)


 急いで唾を飲み込んだ僕は、急いで2人を止めようとするけれど、いつの間にか仲直りをしているらしかった。

 というか、言葉を話していないのにどうして会話が成立している雰囲気があるのだろう。僕が思っているより2人の友情は深いものなのかもしれないね。

 そんなことを思いつつ、僕は麗華に目線で訴えてティッシュを貰うと、ようやく酸っぱさの無くなったガムを吐き出して包む。

 今すぐに舌を洗いたい気分だけれど、その前にやっておかないといけないことがあった。幸いにもバスの中に他のクラスメイトはいない。


「ん? 瑛斗、どうしたの?」

「どこかに行かれるんですか?」


 突然立ち上がった僕を見て不思議そうな顔をする2人。製造会社の責任にはさせられないため、僕には負けたという事実を伝える義務があるのだ。

 その手段として選んだのが、さっさと罰ゲームを遂行してしまうというもので―――――――。


「にゃ」


 両手を頭の上に乗せて耳を表現しながら、短めの鳴き真似をして見せた。

 それから「ゴミを捨ててくるね」と言い残し、そのままバスを出てゴミ箱のある場所へと向かう。


「……今の、何かしら」

「……私にも分かりません」


 ただ、肝心の2人には奇行であると思われたらしく、後でもっと本格的なモノマネをさせられてしまったことは言うまでもない。

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