第402話

 展望塔からの景色を満喫した僕たちは、そろそろ自由行動の終わりの時間だとエレベーターの方へと向かう。

 海と平和記念公園が見渡せる約30mの高さからの景色は、きっともう一度見ても感動するだろう。

 そんなことを思いながら、集合場所である出口付近へと移動するのだった。


「それでは皆さん、お昼ご飯にしましょう。こちらからお弁当とお茶を受け取って、好きな場所で食べてきてください」


 点呼が終わるとそれぞれのクラスの担任が、生徒たちに「1時間後に戻ってくるように」と伝えながらお弁当を手渡していく。

 僕たちも列に並んでそれらをゲットすると、どうせなら芝の上でピクニック気分を味わおうということになり、影を目指す他の生徒と違って資料館前の広い場所を選んだ。


「お嬢様、こちらを」

瑠海るうな、どこに行っていたのですか?」

「遠くから眺めておりました。勉学の邪魔をしてはいけないと思いまして」

「なるほど。それにしても、レジャーシートなんて用意がいいのですね」

「お嬢様のため、万全を期しております」


 彼女はそう言って大きめのレジャーシートを広げると、その上にボタンひとつで組み立てられるテントの屋根を設置する。

 それから深々とお辞儀をして立ち去ろうとするので、麗華れいかが「一緒に食べないんですか?」と声をかけた。


「いえ、実は……自分の分のお弁当を用意し忘れまして。どこかで食べてきますので、皆さんで楽しんでください」


 完璧に見える瑠海さんも、麗華のことを考えるあまり自分のことが疎かになってしまうこともあるんだなぁ。

 なんてことを思いつつ、仕方ないから3人で……と諦めようとする僕と違って、麗華はそれでも「残念です……」とあからさまに項垂れた。

 そんな様子を見せられてしまえば、瑠海さんが放っておけるはずもなく、再び足を止めて困ったような顔をする。


「ノエルさんたちは紫波崎しばさきさんと一緒に食べているので、私も瑠海と食べられると思っていたのですけどね」

「お嬢様にそう言って頂けるのは光栄です。ただ、用意がありませんので……」

「私のを半分分けてあげますよ」

「それではお嬢様がお腹を空かせてしまいます。それならいっそ、私は何も食べなくても大丈夫です」


 彼女は「2週間食べなくても、水だけで生きられる訓練はしたので」と言うが、そんな危険なことをこの場所でさせるわけにもいかない。

 何よりお弁当を持っているのは麗華だけでは無い。僕と紅葉くれはも瑠海さんを迎え入れたい気持ちは同じなのだ。


「僕のを3分の1あげますよ」

「私も3分の1あげるわ。白銀しろかね 麗華れいかもそうしなさいよ」

「そうですね、それが一番かもしれません」


 僕たちはお互いに頷き合うと、それぞれが3分の1ずつを麗華のお弁当のフタに乗せていく。

 容器としては見栄えが良くないけれど、これで誰もお腹を空かせなくて済むから万事解決だよね。


「わ、私が一番多くなってしまいましたが……」

「いいんですよ。瑠海はたくさん働いてくれましたから、労いの気持ちも込めてのことです」

「……そういうことでしたら、ありがたく受け取らせていただきますね」

「帰ったらお父さんにボーナスを出すようにもお願いしておきましょう。想定以上に仕事量が多かったでしょうし」

「とても嬉しいお話ですが、それに関しては大丈夫です。この仕事を受けた際にかなり貰っていますから」


 瑠海さんは「それに……」と付け加えると、無表情だった顔にほんの少しだけ微笑みを加えて、真っ直ぐに麗華のことを見つめる。

 その瞳からは裏社会で黒い仕事をしているなんて影は感じ取れず、どちらかと言うと優しく見守るお姉さんという感じだった。


「私はお嬢様と……いえ、麗華ちゃんと昔のように同じ時間を過ごせただけで満足です」

「瑠海、あなたはそんな風に思って……」

「また『お姉ちゃん』と呼んでもいいんですよ?」

「ふふ、いつの話をしているんですか」

「そうですよね、調子に乗りすぎました」


 彼女の言葉に麗華は首を横に振ると、「2人きりの時に呼びますね」と言って口元を緩ませる。

 僕たちの前だと恥ずかしいのかもしれない。その内心を察したのか、瑠海さんは「楽しみにさせていただきます」と嬉しそうに笑うのだった。


「ねえ、瑛斗えいと

「どうしたの?」

「瑠海さんって、どうしていつも笑わないのかしら」

「メイド機動隊だからじゃない?」

「そうだとしたら勿体ないわよね」

「僕も同じこと思ってたよ」


 だって、見てるこっちまで笑顔になりそうな表情は、なかなか出来ることじゃないんだからさ。

 けれど、きっとこの顔は麗華の前じゃないと見せてくれないんだろうね。メイドでない瞬間を許してくれる人が、彼女には限られているだろうし。

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