第401話

 自由に資料館の中を歩き回っていい時間になると、僕は紅葉くれは麗華れいかとの3人で入口付近から順番に展示物を見て行った。

 戦争の頃に使われていたものだったり、人々の暮らしの風景だったり、そして戦争を体験した人たちの話だったり。

 何もかも僕たちの知らないことばかりで、普段は意識なんてした事の無い戦争の渦中に自分が放り込まれたような気分にもなった。


「テレビなんかではたまに聞いたことはあるけど、実際にこうしてみるとすごいわね」

「展示してあるものは安全でしょうけど、こんなものが落ちてくると思うと恐ろしいです」


 色々なものを見たけれど、やはり一番印象に残っているのは入口付近にある実物の不発弾だ。

 巨大という訳では無いけれど、これだけで何十人、何百人の命を奪ってしまう恐ろしい兵器だと思うと、直視し続けるのは抵抗がある。


「不発弾はまだ沖縄には沢山あるみたいだね。今でも巻き込まれる人がいるって書いてある」

「もしかすると、帰りのバスが巻き込まれるなんてこともあるかもしれないのよね」

「道路付近は可能性が低いでしょう。でも、少し山の方に入ったりすれば、他人事ではないですよね」


 負の置き土産とも言われる不発弾は、何も知らない子供の命を奪うことだってある。そう思うと胸がキュッと締め付けられるような気持ちになった。

 自分は無力で何かをしてあげることなんて出来ないけれど、今日学んだことを忘れないでいることくらいはきっとできるだろう。

 自分の子供たち、孫たちをこの場所に連れてきて、自分と同じような気持ちになってくれたなら、少しは平和のためになれるかもしれないね。


「次に行きましょうか」

「そうね、後ろにも人がいるもの」


 そう言って移動し始める2人に着いて、僕も次の展示物を見に行く。

 その後は写真や物を見たり、説明文を読んだりして沖縄の過去を学んだのだけれど、不発弾とは別の意味で印象に残ったものがある。それは。


「っ……に、人形よね……?」

「そうだよ。昔の風景を現してるんだ」

東條とうじょうさん、あの人形が今こっち向きませんでした?」

「ひっ?! わ、私もう帰る……!」


 戦争の悲惨さを写した写真だとか、骸骨が楽器を弾いているオブジェクトだとか、そういう直球の怖いものでは無い。

 ただただ人形がちゃぶ台のそばに座っていたり、街中にいる日常の瞬間を切り取った展示物を、紅葉がすごく怖がったのだ。

 その腰の引けようはお化け屋敷に来たのかという程で、麗華が面白がって煽り立てるから大変だったよ。


「あちらの人形が手を振っていますよ」

「っ……目を塞いでおけば見ないで済むわ……」

「ふふ、東條さん♪」

「い、今耳元で名前を呼ばれたわ?! や、やっぱりお化けがいるのよ!」

「誰もいませんでしたよ?」トントン

「か、肩を叩かれたわ……も、もう無理ぃ……」


 よほど怖がり疲れたのか、全ての展示を見終える前にフラフラになってしまう紅葉。

 僕は仕方なく彼女をおんぶして怖がりそうなエリアを足早に見終えると、展望塔のある方へと移動して休ませてあげることにした。


「大丈夫?」

「え、ええ……大事な事だから怖がっちゃいけないのはわかってるのよ? でも、やっぱり苦手なものは苦手で……」

「無理しなくていいよ。紅葉の努力は先人に伝わってると思うから」

「……そうだといいわね」


 あまりにも暗い表情をするので、とりあえず麗華には真実を伝えて謝ってもらっておく。

 予想通り紅葉は怒ったけれど、今は叩いたりする元気もないのか「次はやめなさいよ」とだけ言って座り直した。


「私、やり過ぎましたかね……」

「ふざけ過ぎではあったかな。まあ、紅葉は怖がりだから手加減してあげてよ」

「分かりました。心霊スポットなんかでやったら、この様子だと気絶するでしょうからね」

「そもそも連れていかないけどね」

「私も今の様子を見た後に誘えるほど鬼では無いので……」


 その後、景色を眺めて気分が楽になってきたのか、いつも通りに戻ってくれた紅葉を見た麗華がホッとしていたことは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る