第400話
あれから少しバスで移動した僕たちが到着したのは、今日の学習を通して感じたことの全てが詰まった場所。沖縄平和記念公園だ。
時代が流れても薄れることの無い、戦争に対する戒めと亡くなった人々へ捧げる想いとが、この場所には半永久的に存在している。
「あちらに見えるのは『平和の
ガイドさんが僕たちを先導して案内してくれた先にあったのは、平和の広場を中心にして放射線状に並ぶ大量の石の壁。
その数とそれ自体が放つオーラのようなものには、思わずこぼす言葉も見失ってしまうほどだった。
けれど、何も言わずに心の感じるままの囁きに耳を傾けることこそ、今は大事なのだとも思える。
「
なるほどと頷きながら、話の中でも大事そうなことに絞ってメモにしておく。
後で感想を書く必要も無いし、調べれば何でも出てくる時代だけれど、感動した気持ちを文字を書くことで体の外に流したかったのかもしれない。
「こちらを見てください。先程『全ての方が刻まれている』と言いました。しかし、よく見てみれば名前が書かれていない方もいますよね」
その言葉を聞いてよく目を凝らしてみると、確かに所々に『○○の子』という書かれ方をされているのが見えた。
名前ではなく関係のある人とどのような間柄だったのかを記されているのは、なにか理由があるのだろうか。
「実は戦争によって沖縄の戸籍簿は焼失しました。そのせいで誰が生きていたのか、確かな情報を確認することが出来無くなったのです」
ガイドさんは「それでも、平和を願う人達は諦めませんでした」と拳を握りしめると、今一度『○○の子』と記された人達の名前を順番に指し示していく。そして。
「証拠がなくとも、戦争によって奪われた命があったことを残さなければならない。名前がわからずとも、その人が生きたことを後世に伝えなければならない。そんな想いから、この
分からないから知らんぷり。確かじゃないなら無い方がいい。世の中にはそう考える人も少なくないだろう。
けれど、平和を本気で求める人達はそうではなかった。一人でも多くの戦没者の生きた証を残すために、出来る最大限のことをすると決めたのだ。
それは簡単そうに見えてとても難しいこと。僕も見習って誰かのために正しいことを突き進める人間になりたいね。
そんなことを思っているうちにガイドさんは次の場所へ移動し始め、僕は置いていかれないようにみんなの後ろからついて行った。
「こちらは平和記念資料館です。これから皆さんには、中に入って自由に展示物を見てもらいます」
大きな建物の前で立ち止まったガイドさんは、こちらを振り返りながらそう口にする。
しかし、「ですが」と気持ちの先走りそうになるみんなを静かにさせると、落ち着いた口調で語りかけるように話した。
「皆さんには理解しておいていただきたいことをお伝えします。ひとつだけなのでちゃんと聞いていてください」
ガイドさんは見た目年齢としては20代前半。戦争とは無縁の世代であることは確かで、むしろ僕たちとの方が近いくらいだ。けれど。
「戦争を無くす一番の手段は、解決の手段としての戦争を知る人が居なくなること。そんなことを言う人がいます」
彼女は戦争の恐ろしさを理解している。人の命が奪われる辛さを知っている。
不思議とそう伝わってくるような、そんな真っ直ぐでしっかりとした声だった。
「大間違いです。人は何も無い場所から戦争を生み出しました、とてつもない過ちを正義と信じてやってのけたのです。それが知識をリセットしたところで再び起こらない確証なんてどこにもありません」
同時に、すごく悲しそうな声にも聞こえた。きっと聞き間違いじゃないと思う。
「戦争の身体的な痛みや苦痛を皆さんに与えることは出来ません。ですが、胸の痛みなら感じていただけると信じています。私たちが皆さんに託した知識と教訓の花は、水をやれば枯れることはありません。どうか、忘れることのないようにお願いします」
深々とお辞儀をするガイドさんに、たくさんの拍手が送られたことは言うまでもない。
平和ってのは当たり前なようで、本当に高価なものなんだね。こんなにも想いを込める人がいるんだからさ。
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