第399話

 防空壕の見学が終わった後は、近くの施設に入って戦争を体験したお婆さんやお爺さんの話を聞いた。

 パニック状態に陥った人々、けたたましく鳴り響くサイレンの音、見捨てざるを得なかった家族、そして今もずっと付きまとう後悔の念。

 今がどれほど平凡で、平和で、有難い世の中なのか。そしてこの瞬間も外国では苦しんでいる人達がいること。

 涙ぐんだり言葉に詰まったりしながらも、僕たち戦争を知らない世代が失敗しないように、過去の教訓を教えてくれた皆さんには感謝しないとね。


東條とうじょうさん、あの方たちはいくらギャラを貰っているんですかね」

「……あなた、最低なこと聞いてる自覚はある?」

「勘違いしないでください。私はどれだけ殺戮が恐ろしいことか、よく知っている上で聞いたんです」

「それはそれでメンタルが恐ろしいわよ」

はがねの令嬢と呼んでください」

「呼ばないわよ」


 横で何やらコソコソと話しているが、メモしたものを提出しなければならないので、僕はちゃんとためになる話を書き留めておいた。

 こういうことを後世に伝えていくことは大事だけれど、伝えなくてもいい世の中になるのが一番いい。

 何かを解決する手段として、武力がそもそも候補に上がらないような、そんな優しい世界になったなら、今よりも少しくらいは幸せな人が増えるだろうから。


「わしからの話は終わりじゃ。みんな、真剣に聞いてくれてどうもありがとう。沖縄を楽しんでいっておくれ」


 お婆さんが頭を下げると、まばらに拍手が起こり始め、やがてほぼ全員が両手を鳴らした。

 今回聞いた話は決して他人事ではない。いつ自分が巻き込まれるのか分からない中で、自分と大切な人たちを守るにはどうすればいいのか。

 生き残ったことを悔やむなんて残酷な未来を迎えないようにするには、どんな決断をするべきなのか。

 生きている以上は必要になるかもしれない知識や見聞が、この60分の間で少しでも僕の中に染み込んでいてくれれば嬉しいよ。


「ボランティアよ、きっと」

「そうだとしても、謝礼金は出ているはずです。でなければ、辛い記憶を呼び起こすなんて出来ません」

「あの方たちは私たちのことを想って、苦しくても話してくれたのよ」

「ならば、むしろ苦しみの対価が支払われるのが筋というものでしょう?」

「あなたねぇ……せっかくの貴重なお話を何だと思ってるの」

「私はただ、労働という視点で今回のお話を見ていたまでです。これだからビジネスの眼を持たない人は……」


 やれやれと言いたげに首を振る麗華れいかは、部屋からぞろぞろと出ていく生徒たちを見て「行きましょう」と立ち上がった。

 しかし、そんな彼女を睨みながら同じく立ち上がった紅葉くれはは、逃がさないとばかりに声を飛ばす。


「大学生になったら見てなさいよ!」

「……ほう?」

「高校生にビジネスは早いの。大学で学んで白銀しろかね 麗華れいかなんて超えてやるわ!」

「それは楽しみですね。まあ、東條さんは大学でも小学生と間違われそうですね」

「なっ?! そんなこと関係ないじゃない!」

「『背が低くて講義が見えないわよ〜』」

「一応聞くけど、誰の真似かしら……?」

「東條さんに決まってるじゃないですか♪」

「一発殴ってもいいわよね。ええ、いいに決まってるわ」


 身長のことをイジられて本当に怒ってしまったのか、人のほとんど居なくなった部屋の中で、紅葉が麗華に向かってグーパンチを叩き込んだ。

 しかし、彼女にとってこんな攻撃は見慣れたもの。あっさりと片手で受け止めると、ペチッと手の甲で弾いてにんまりと笑ってみせる。


「いくらでもどうぞ? そんな短い腕では、体に届きすらしないでしょうけど」

「そう言っていられるのも今のうちよ」

「そうだよ! 私だって負けないから!」

「「…………え、いつの間に?」」


 気が付けばバチバチとした視線の間にノエルまで割り込んでいて、彼女はイヴからの静かなる応援によってやる気満々だ。

 こうなればもう後には引けない。彼女たちの小さな戦争を止めることは、もう誰にもできないのである。


「……で、紅葉ちゃんと麗華ちゃんは何してるの?」


 まあ、ノエルが飛び込んだはいいものの何も知らなかったという事実には、2人とも思わずクスクスと笑っちゃってたけれど。

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