第398話
修学旅行3日目。明日の昼には飛行機で帰るという今日の予定は、さすがは修学旅行と言われるだけあって沖縄の文化や歴史を学ぶ時間だった。
「こちらは、戦時中に使われていた防空壕です」
ガイドさんを先頭にして、順番に中へと入って壁などを照らしながらその構造を見ていく。
中は想像していたものよりもかなり広く、そして少しじめっとしてはいるが涼しかった。
平和な時代を生きる今の若者はそんな風に考えられるけれど、外で銃声が響いていたらなんてことが脳裏を過ぎると、ここにずっと閉じこもっているのは精神が持たないかもしれないとも思えてくる。
何はともあれ、こうして自然の中に刻まれた過去の爪痕を残しておくことで、この先に生まれる人達にも争うことの恐ろしさを伝えられたらいいね。
「……」
「
「へ、平気よ。少し薄暗いと思っただけ」
「ライトも広く照らしてくれるわけじゃないからね」
「ほら、見終わったらさっさと出……っ?!」
早足で出口へ向かおうとした彼女が濡れた石をで足を滑らし、体を大きく後ろへと傾けた。
それを見ていた僕は咄嗟に背中を支えようと手を伸ばすが、踏ん張ろうとした瞬間に自分までも足を滑らせてしまう。
そのまま2人で転んだ僕たちだけれど、何とか後頭部に手を添えたことで大事に至ることだけは防ぐことが出来た。
「大丈夫?」
「え、ええ、助かったわ」
「そんなに褒めないでよ」
「まだそこまで行ってないわ。でも、ありがとう。それからごめんなさい」
「いいよ、怪我はしてないし」
そう言いながら立ち上がろうとした瞬間、膝の辺りに電気が流れたような痛みが走って座り込んでしまう。
どうやら転んだ時に膝の側面を石にぶつけたらしい。多分、折れたりはしていないだろうけれど、この骨に衝撃が響く感覚はしばらく普通に歩けそうにないね。
「ごめん、先に出てて。後から行くよ」
「私のせいだもの、一緒に残るわ」
「怖いんでしょ? 僕は大丈夫だからさ」
そんな行く行かないのやり取りをしていると、ガイドさんがこの防空壕であったと言われる出来事の話をし始めた。
ここにはとある兄妹がいて、彼らはやむを得ず逃げ出さないといけなくなってしまったのだけれど、兄の方が足を挫いていて妹だけ先に逃げたんだとか。
その時、2人が交したと言われている言葉が、僕たちのセリフとそっくりだったのである。
『悪い、先に出てくれ。お兄ちゃんはあとから必ず行くから』
『お兄ちゃんが足を挫いたのは私のせい。だから、私も一緒に残るわ』
『……怖いくせに強がるなって。お兄ちゃんなら大丈夫、必ず迎えに行くから』
その後、妹は兄の言葉を信じて他の人と一緒に逃げるのだけれど、再開することは出来なかったらしい。
そんな2人と僕たちの状況がリンクしたからなのか、それともガイドさんの話を聞いて感情移入してしまったからなのかは分からない。
ただ、僕は気が付けば何かに乗り移られたかのように立ち上がり、痛みを忘れて外に出ていた。紅葉の手をちゃんと握って、だ。
『2度同じ嘘はつけないな』
「……ん?
「何も言ってないよ」
「おかしいわね、確かに男の子の声が聞こえたと思ったのに」
「幻聴じゃない? 疲れてるんだよ。よかったら向こうのベンチで膝、貸してあげよっか」
「別に元気よ。でも、せっかくだから借りるわ」
「素直でよろしい」
その後、他のみんなの見学が終わるまで、僕が紅葉の頭を撫でながら回復させてあげたことは言うまでもない。
それにしても、こういう場所ってのは本当に不思議な現象が起きるものなんだね。
怖がらせたら悪いと思って言わなかったけれど、僕にも男の子の声がはっきりと聞こえていたんだからさ。
「妹さん、幸せになれたのかな」
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