第397話
翌朝、少し早めに起きた僕は、同じく目を覚ましたバケツくんと一緒に、ホテルの敷地内にある小さな丘へ行ってみることにした。
出ていいと言われている訳では無いけれど、出てはいけないとも言われていないし、見つかっても怒られはしないだろう。
「早朝でも意外とポカポカしてるな」
「朝日が当たってるからね」
近くに大きな建物はホテルの本棟しかないため、この丘には日中はずっと日が当たっていることになる。
太陽が顔を出すと同時に温められ初めているのだから、きっと芝の上で寝転んだら気持ちがいいだろうなぁ。
そんなことを思っていると、バケツくんの方が先に丘の頂上に上って仰向けに倒れた。
「
「僕も同じことしようとしてたところ」
「まあ、誰でもやりたくなるわな」
寝足りない訳では無いけれど、彼の横に寝転ぶと自然とあくびが零れる。
ふと顔だけを上げて周りを見てみれば、自分たち以外にもちらほら人がいるのがわかった。
高校生っぽいのはおそらく同じ学校の生徒だろう。そのほとんどが男女一組で、部屋で会えないからとこの時間を使って密会でもしているのかな。
「男二人は僕たちだけみたいだね」
「いいじゃねぇか、気楽で」
「そうだね。別にみんなと一緒が疲れるわけじゃないけど、たまには男同士でしかできない会話ってのもいいよね。僕の男友達はバケツくんだけだし」
「お? ようやく友達って認めたな」
「元々認めてたよ」
「素直になられると逆に気恥しいもんだな」
彼はそう言いながら鼻の頭を擦ると、「そうだ」と何かを思い出したように体を起こした。
僕は変わらず空を見上げて雲を眺めているが、バケツくんは何やら「前から聞きたいと思ってたんだよ」と話し始める。
「何を?」
「瑛斗って転入してきたろ? でも、タイミングがおかしかったよな」
「4月じゃなくて5月だったね」
「それに引越しをした訳でもないんだよな? なら、どうしてわざわざ転校したんだ?」
「別に深い理由とかはないよ。叔父さんが学園長で、学費免除してやるから来なさいって言われたからその話に乗っただけ」
「そう言えばそんな話も流れてたな」
「5月になったのも、僕がギリギリまで返事しなかったから制服の到着が遅れただけの話」
「なんだ、そうだったのか」
彼は「なるほどな」と頷いて納得したものの、その答えを受けてまた新たな疑問が産まれてくる。
「呼ばれたとして、ランク測定でF級だったんだろ? やめようとは思わなかったってことだよな」
「それで良かったんだ。目立たない下の方の存在だって分かってる方が、前の学校よりずっと居心地がいいし」
「どういう意味だ?」
「最初の頃の様子からも分かると思うけど、僕って前の学校でぼっちだったんだ。難関校の受験に落ちて滑り止めの学校に来たんだってね」
「そんなことでか?」
「無視する理由なんてなんでもいいんだよ。事実、
「そ、それは知らないフリをしてた俺も悪いな……」
「仕方ないよ、空気が読める人はみんなそうする。正義も悪も学校じゃ関係ない。強い方に傾いて、そうじゃない方は悪者。そうすれば、自分の身は守れるから」
そう言い終えてから「暗い話になっちゃったね、ごめん」と謝ると、彼は首を横に振ってから「ごめん」という言葉を返した。
「辛い場所から逃げてきたってのに、俺はまたお前にそいつらと同じことしたってことだよな」
「あの時のことは水に流したんだから、今更そんなこと言わなくていいよ。今は友達になってくれたわけだもん」
「瑛斗、お前ってやつは優しいな。やり直せるなら初めから仲良くなりたいぜ……」
「それは無理だと思う。僕たちはスイーツを通してお互いを知ったんだから」
「……それもそうか。じゃあ、せめてバケツは置かないようにしないとな。やり直してもバケツくんなんて呼ばれちゃたまったもんじゃないし」
「この呼び方、気に入らない?」
「いいや、意外としっくりきてる」
「だよね」
そう言ってお互いに笑い合った僕たちは、ふとホテルの窓から覗いている顔を見て「「あっ」」と声を漏らす。
紅葉と
「あのさ、僕も質問していい?」
「答えれることならいいぞ」
「愛実さんと結婚するの?」
「ぶっ?! あ、あいつが見えてるところでそういうこと聞くか?!」
「気になっちゃって」
「……まあ、俺はしたいけどな。だ、大好きだし」
「愛実さんに伝えといてあげるね」
「頼むからやめてくれ!」
その後、バケツくんに押される形でまた寝転んだ僕たちの楽しそうな様子に惹かれたのか、まだ時間があるからと紅葉たち3人も合流したことは言うまでもない。
まあ、早起きと動き回った反動なのか、朝食が終わってから猛烈な眠気に襲われてしまうのだけれど、いい話で終わらせたいからそれは言わないでおこう。
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