第396話
就寝前の点呼を終えた後、僕たちは先生がエレベーターで上へ戻ったのを確認してから、こっそりと部屋を抜け出した。
そして足音を立てないように階段を上ると、
「何とかバレずに来れたな」
「
「ちょっと試したいことがあってな」
バケツくんはそう言いながら僕を連れて奥へ向かい、同じベッドの上に座って談笑していた紅葉と
それから僕をその場に立たせると、
「……」
「っ……な、なんですか?!」
何を考えているのか、彼女に抱きついた。いや、よく見てみればギリギリ触れないように配慮をしている。
しかし、人というのは意外と敏感に感じ取るもので、麗華は突然抱きつかれたと思い込んだらしく、体を硬直させてしまった。
「どうだ、
「嫌そうだからやめた方がいいと思う」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
「でも、割と本気で嫌そうだよ」
「……そ、それは申し訳ないことをしたけどな」
バケツくんは僕の顔をじっと見つめてから悩ましげに首を傾げると、今度は紅葉の背後へと移動する。
今目の前で起きたことから、自分が何をされるのかを理解している彼女は、ブンブンと首を横に振りながら拒絶した。
それでも止まろうとしない彼の行動にカチンときてしまったのか、それとも自分を守るための行動だったのか。
紅葉は触れようとする腕を掴んでベッドの上で背負い投げをすると、怒りに震えながらバケツくんに往復ビンタをする。
「私に手を出していいのは瑛斗だけなんだから!」
「そうですよ。瑛斗さん以外の殿方に触れられるのは、あまりいい気持ちではありません」
2人から批判されてしゅんと小さくなるバケツくん。そんな彼を助けるべく愛実さんが間に入ると、彼女たちは揃って眉を八の字にした。
「どうして庇うのよ。浮気者じゃない」
「裏切り者には制裁を、ですよ」
今にも噛みつきそうな勢いでバケツくんを睨む紅葉と麗華。その様子に彼女はクスリと笑うと、「大丈夫、教えられてたから」と言って彼の頭をよしよしと撫でる。
「友介は
「手伝いって何よ」
「紅葉ちゃんたち2人が他の男の子に密着されたら、嫉妬しちゃうのかどうかを調べる手伝いのこと」
「嫉妬、ですか。彼女である
ようやく噛み殺されそうな視線から開放されたバケツくんは、愛実さんにお礼を伝えてから僕の背後に隠れる。
彼が「で、どうだったんだ?」と聞いてくると、2人の目がキッとこっちを向いて、もう1人の視線は何かを期待するように微笑んだ。
「どうと言われても、紅葉には投げられただけだからね。よくやったとしか思わないかな」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「突然女の子に抱きついた変質者?」
「俺はお前のためを思ってだな……はぁ、まあいい。とにかく、何か感じたことは無いのか?」
「スカッとした」
「だから、それは俺が投げられたからだろ」
バケツくんは呆れたと言わんばかりに深いため息をつくと、「
僕は胸に手を当てて麗華が抱きつきもどきをされた時の光景を思い出してみた。それから小さく頷くと、ありのままの気持ちを伝える。
「本当に何も感じなかった」
「……お前、本気か?」
「嘘つく理由がないもん」
「少しくらい嫉妬するもんだろ」
「友達なんだから、嫉妬する意味なんてないよ」
「ってことは、異性としてほぼ意識してないんだな。お前に恋心を見つけさせてやるのは、もっと先の話になりそうだぜ」
バケツくんは仕方ないと僕の背中をポンポンと叩くと、「帰るか」なんて言ってくるりと背中を向けた。
僕がすぐに追いかけようとして「あっ」と声を漏らすと、彼が不思議そうに振り返るので、ふと思い出したことを伝えてみる。
「強いて言うなら、バケツくんが麗華にガッツリ触れてなくてよかったとは思ったよ」
「ほう」
「本当に抱きついてたら、少しは嫉妬したかもね」
「なら試してみるか」
「……友介?」
「じょ、冗談だって! あわよくば抱きつきたいなんて思ってるわけ……あ、ちょ、痛い痛い!」
「三流男子は私で我慢しとけー!」
その後、自室に戻ることが出来た頃のバケツくんは、愛実さんに
「愛実が……世界一……」
まあ、おかしなことを思いついた罰だと思って、僕も気にしないでおくことにしたけれど。
明日には元に戻ってるといいね。ずっとこの調子だと、何を言っても愛実さんのことしか言わなそうだし。
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