第395話

 ノエルが紫帆しほから衝撃の事実を聞いているちょうど同時刻のこと。

 点呼をしに向かった僕は、ぷんぷんと怒っている綿雨わたあめ先生に捕まっていた。自由行動へ一緒に連れていかなかったことを根に持っているらしい。


「みんな後で先生の部屋に来るように〜」

「女子部屋の階ですから、僕は行けないんですけど」

「女装して来なさい!」

「女装できるものを持ってませんし、持ってたとしてもしませんよ?」

「むっ……」


 どうやら相当ご立腹らしい。確かに先生を犠牲にして紅葉くれはたちは罪を免れたのだから、怒られても仕方の無いことなんだけれどね。

 ただ、こんなこともあろうかと僕は秘密兵器を用意しておいたのだ。自由行動が出来なかった先生への、せめてもの捧げ物と言ったところだろうか。


「先生、これお土産です」

「なんですか?」

「先生って独身でしたよね? なので、家に置いておけば恋愛を呼び込むと噂のピンクシーサーです」

「……なるほど」


 満更でもなさそうな顔を見せる彼女に、僕は畳み掛けるようにもうひとつのお土産を差し出す。


「こっちは開運湿布っていう珍しい商品みたいで、表面に大吉のおみくじがプリントされてるんです」

「演技が良さそうですね〜」

「朝腰に貼って、一日中取れなければいいことが起こるそうですよ」

「それは是非とも使ってみたいです」


 エレベーターに乗れずに階段で点呼に来たり、悪くないのに他の先生に怒られたり。

 修学旅行中にあまり運が良くないからか、先生はすがるような目でお土産を見つめながらウンウンと頷いた。

 それから「ありがとうございます、大事にしますね〜」とお礼を口にすると、呼び出しのことはすっかり忘れたのか立ち去ってしまう。

 作戦は成功だったみたいだね。修学旅行で怒られるなんて気分の悪いことにならなくて良かったよ。


瑛斗えいと、助かったわ」

「さすがですね、用意周到です」

「そんなことないよ。それに、何も無いままだと先生も可哀想だったからさ」

「確かにそうですね」

「私も明日のお土産タイム、先生に一つ買ってあげることにするわ」

「それがいいと思う」


 今は一時的に凌いだだけで、明日にはまた思い出すかもしれない。

 そう思い続けるくらいなら、ごめんなさいの気持ちを伝えてチャラにしてしまう方がお互いに気持ちがいいだろうし。

 僕は2人にそう伝えてから部屋に戻るために別れると、ちょうどエレベーターの近くで同じように別れているカップルを見つけた。


「バケツくん」

小宮こみやだ。お前もちょうど戻ってきてたんだな」

「点呼終わらせたばかりだよ」

「俺たちは少し早めに戻ってきて、ホテル内のカフェでのんびりしてたんだ」

「りんごジュースも置いてた?」

「おう。100%のやつな」

「明日行こっと」

「なかなかいい雰囲気だったからおすすめだな」


 そんな会話をしつつ、2人で階段を上って自室のある階へと向かう。

 本当はエレベーターを使いたいけれど、女子専用の雰囲気が漂っている中であれに乗るのは、さすがに身を削る思いが必要だからね。


「なあ、池本いけもとって知ってるか?」

「誰?」

「D組の片足骨折してるやつだよ」

「ああ、その話は聞いたことあるかも」

「あいつ、堂々とエレベーター使えるんだぜ」

「怪我人は仕方ないもんね」

「いいよな。女子で満員のエレベーターだぞ?」

「そんなこと言ってたら愛実あみさんに怒られるよ」

「大丈夫だって」


 バケツくんは「俺なら幸せすぎて鼻血出るわ」なんて言いつつ、大きな溜息をつきながら部屋の鍵を開けて中へと入っていく。

 あまり人が多い場所が好きではない僕からすれば、誰もいないエレベーターを独り占めできる方が幸せなんだけどなぁ。


「いや、でも愛実と2人きりのエレベーターってのもありだよな」

「手、出せないのに?」

「き、傷つけたくないだけだし……」

「キスはしたんだからさ。さっさと求められてることしちゃえばいいのに」

「うるせぇ。お前に言われたくないわ」

「僕は彼女いないから」

東條とうじょう白銀しろかねがいるだろ」

「2人は友達だもん」

「異性だって意識したことくらいあるだろ」


 バケツくんの質問に僕は「そんなの……」と答えかけて、思わず言葉を詰まらせた。だって、確かに2人を女の子だと意識した時期があったから。

 恋心と呼んでいいレベルではないにしても、自分だって人に言えるほど立派に自分の意思を伝えられているわけじゃない。


「じゃあさ、ちょっと実験してみようぜ」

「……実験?」

「お前が本当に2人を友達だとしか思ってないのかどうか、今日確かめてみるんだよ」


 彼はそう言って親指を立てると、スマホを取り出して愛実さんに電話をかけた。そして。


「俺だ。部屋の鍵を空けておいてくれ」

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