第393話

 瑠海るうなさんの運転でホテルへと戻った僕たちは、まずノエルとイヴを待っていた近藤こんどうさんと紫帆しほさんに会った。


「待ってたよー!」

「時間になったら点呼せなあかん言われてな、ここで待っとったんや」

「ごめんね、色々あったからさ」

「あー、ネットにも出てたで。イヴちゃんの元カレやって? 怪我とか大丈夫なん?」

「……」グッ

「大丈夫みたいだね、よかったー♪」


 2人とも本当に2人のことを心配してくれていたようで、『点呼があるから』なんて言いながら背中にバンドエイドと消毒液を持っている。

 本当に大変なことなら医療機関に頼むべきだけれど、自分たちにもできる精一杯のことをしようとしてくれたんだろうね。


「まあ、この様子やと一番重症なのは瑛斗えいとくんになるみたいやな」

「僕は平気だよ。イヴなんて2回も叩かれて、尻もちついちゃったんだから」

「……」フリフリ

「本人も君の方が大変だって言ってるんやけど?」

「当たり所が良かったからなんともないし……」

「いいから手当されなよー!」


 近藤さんに強引に引っ張られた僕は、近くにあったソファーに座らされると、紫帆さんにズボンの裾を捲られてた。

 露出した膝には自分でも気付かなかった怪我をしていて、既に乾いてはいるが血の垂れた跡が残っている。

 僕が少し驚いていると、近藤さんがノエルを連れてきて消毒液を手渡した。彼女に手当をしてもらうということだろうか。


「えっと……じゃあ、かけるね?」

「それくらいは自分で出来るよ」

「ううん、私にさせて。私の責任だから」

「……わかった、お願いするね」


 本人がそこまで言うのなら、こちらから余計な口出しをする必要も無い。

 僕は心の中でそう頷くと、消毒液の蓋を開いて傾けていく様子をじっと見つめた。

 あまりこういう経験がないのか、ノエルの手は少し震えていて、軽く押したつもりなのに勢いよく液が飛び出た時には体をビクッとさせてしまう。


「っ……」

「ご、ごめんね! い、痛かった?」

「ううん、少し冷たくて驚いただけ」

「そうだよね、今度は慎重にするから!」


 そう言った彼女はさっきよりも軽くプッシュすると、出てきた液が垂れてしまわないようにティッシュを添えながら傷口全体を濡らした。

 それから消毒液を置くと、早く乾かすためなのか膝に向かって優しく息を吹きかけてくれる。


「ノエル、くすぐったいよ」

「えへへ♪ ふーふー♡」


 ある程度乾いたところで、ノエルは近藤さんから受け取ったバンドエイドを丁寧に貼った。

 元々痛みなんて感じていなかったけれど、おかげで傷だけじゃなくて心までも癒された気がする。

 そんなことを考えていると、彼女は「最後の仕上げね」と言いながら、バンドエイドに手を添えて何やら優しくゆっくりと撫で始めた。

 何をしているのかと思ったが、その疑問はノエルの口にしたこの文言によって払拭される。


「痛いの痛いの飛んでけー!」


 さっきも言った通り、そもそも飛んでいく痛みなんてないけれど、その代わりに疲れが飛んで言った気がした。

 あくまで気がしただけで、全て気持ちの問題ではあるものの、気持ちの問題だからこそ何とでも思えるのはお手軽に幸せだろう。

 僕はノエルの優しさに癒されながら、あと3回唱えてもらって手当てを終わりにしてもらった。


「ありがとう、ノエル」

「ううん。こちらこそありがとう」

「いつでも頼ってよ。宿題が終わらないって話でも構わないからさ」

「もう、あの時は本当に焦ってたんだからね?」

「それはすごく伝わってきたよ」


 不満そうに頬を膨らました彼女は、僕の言葉に笑みを零してから立ち上がり、僕がソファーから立つのを手伝ってくれる。

 それから少し離れたところで大人しく待っている紅葉くれはたちの方を見ると、「待たせちゃうと悪いね?」なんて言いながら僕の手を引いた。


「瑛斗くんも私を頼ってね」

「もちろん。困ったらそうするよ」

「ふふ、呼ばれたら仕事中でも飛んでいくから」

「それはさすがに仕事を優先して」

「瑛斗くんの方が大切だもん」


 その時の楽しそうに微笑むノエルの表示は、アイドルでいる時の彼女の笑顔とはどこか違うように見えた。

 気の所為かもしれないし、何が違ったのかも記憶の中から見つけるのは難しいけれど、ノエル史上一番最高の笑顔はそれだと断言出来ることだけは確かだったね。


「まあ、そこまで急ぐ用事なんて僕には滅多にないから大丈夫だと思うけど」

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