第391話

「遅くなってごめんね」

「お待たせしてすみません」


 無事に瑠海るうなさんから受け取ったカードで会計を済ませた麗華れいかは、自分用に買ったらしいサングラスを頭に乗せながら会釈をした。

 高校生のうちから黒いカードで平然と買い物できるなんて、お嬢様だからもう慣れっ子なのかな。

 そんなことを思いながら小銭を確認した僕の財布に、カードなんて床屋さんのポイントカードくらいしか入っていないことは言うまでもない。


「さっき、メイドさんが走っていったけど、白銀しろかね 麗華れいかのメイド?」

「彼女たちはメイドではありませんよ。沖縄支社の会社員たちです」

「……色んな人をこき使ってるのね」

「人聞きが悪いですね。あの方たちは善意で手助けをしてくださったんですよ」

「そう。それは悪いことを言ったわね」


 素直に「ごめんなさい」と謝る紅葉くれはに、「東條とうじょうさんはこき使われる側……」なんて言いかけた麗華もポカンとしてしまった。

 僕も顔には出ていないが同じ気持ちだ。こんなにもあっさり謝るなんて、熱があるのかお酒入りチョコを食べたかの二択で間違いないよ。


「紅葉、大丈夫?」

「どうして急に心配するのよ」

「だって紅葉らしくないから」

瑛斗えいとにとって私らしさってどんなの?」

「ツンデレで負けず嫌いですぐ叩いてきて……」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

「でも、何だかんだ優しくて頼りになる友達」

「……ま、待ちなさいよ……もう……」


 口元を隠すも耳の赤さで照れているのが丸わかり。そんなところも紅葉らしい。

 とりあえず顔色を見る限りいつも通りっぽいから、素直なのは単にいいお土産が買えて楽しい気分になっているってだけなんだろうね。


「何かいいものでも見つけた?」

「ふふ、知りたいわよね?」

「そこまでは」

「聞きなさいよ」

「強制なの?」

「聞きたくないなら別にいいわよ」

「そっか、じゃあ遠慮しようかな」

「……そこは聞く流れでしょうが」


 どうしてもでは無いのなら、さっさと車に戻ろうと横を通り過ぎようとした僕は、紅葉に襟首を掴まれて引き止められた。

 突然呼吸が出来なくなるものだから、一瞬だけ意識が飛びかけたよ。人間って案外脆いから、もう少し丁寧に扱って欲しい。


「ネコライって覚えてる?」

「おじさんがデブ猫に転生する話だよね。紅葉がお気に入りの作者さんが書いてるやつ」

「そう。そのコラボグッズが売ってたのよ!」


 興奮気味の彼女が袋の中から取り出したのは、見覚えのあるデブ猫が沖縄の特産品に囲まれた様子が表面にプリントされている筆箱。

 小学生が使うようなパカパカとするタイプのやつではあるけれど、使わずに飾るだけなら特に問題は無いのだろう。


「あと、ネコライTシャツもあるのよ」

「思ったより可愛いね。紅葉に似合いそう」

「保存用と試着用を買ったわ。汚れたら困るから家の中でしか着ないけど」

「服が泣くよ?」

「汚れる方が泣くわよ」

「服は汚されていく運命なのに」

「はいはい、わかったわよ。瑛斗と遊びに行く時にでも着て行ってあげるから」

「いや、その服装の人と並ぶのはちょっとね」

「ちょっと、何が問題なのよ!」


 好きなものを否定されたと思ったのか、頬を膨らませてしまう彼女をとりあえず宥めて落ち着かせた。

 それから、僕は一度渡してもらったTシャツの胸元を指さしながら、先程の言葉について弁明をさせてもらう。


「ここ、なんて書いてある?」

「ネコライの名台詞、『ニート最高』よ」

「胸元にこれが書いてある人の横に立つ気持ち、少しはおもんばかって欲しいかな」

「……確かに。配慮が足りてなかったわ」


 色違いのTシャツには、『美人のチャンネー見っけ』だとか『猫の手を借りるやつほどバカはいない』なんてことが書いてある。

 面白Tシャツとしてはなかなか優秀な方だと思うけれど、紅葉が着て歩いているのを想像すると、色んな意味で二度見されそうだからね。


「まあ、部屋で着てるところくらいは見てみたいかな。今度行ってもいい?」

「ええ、構わないわよ」

「ポップコーンとジュース持っていくね」

「何時間眺めるつもりよ」

「いくら見てても飽きない」

「っ……バカ」


 これまでの傾向から「誰がアニ〇ルプラネットよ!」というツッコミが返ってくると思っていた僕は、頬を赤く染める彼女を前にしばらく黙ってしまった。

 よく考えてみれば、たしかに今の言葉は口説き文句のようになっていたかもしれない。

 そう気が付いた僕は、次からはそういうところにも気をつけてから言葉にしようと深く反省するのであった。


「べ、別に瑛斗から何時間も見られ続けるのが嫌って意味じゃないのよ……?」

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