第390話
そう時間はかからずに完了するということで、暇つぶしがてら助っ人3人について
「まず、機械に接続したパソコンへ文字を打ち込んでいる者をご覧下さい」
そう言われて僕たちが視線を向けた女性は、通称『ふーちゃん』と呼ばれているらしい。
由来としては、彼女の持つタイピング技『疾風タイピング(部長命名)』の風から取ったんだとか。
本名は
「彼女、中学生の時にピアノコンクールで優勝経験があるんです。プロになる道は開けなかったようですが」
「へえ、それはすごいね」
「ただ、一時期有名になったことがあるんですよ。パソコンで○○弾いてみたって動画を知りませんか?」
そう言われて脳内の時間を少し昔に巻き戻してみる。確か、僕が中学生になる少し前くらいに、若い人がみんなが見ていた動画だ。
パソコンのキーそれぞれに音階を割り当てて、電子ピアノのように演奏するというもので、アレンジされたメロディが気に入ったという人も多かったらしい。
「かなり再生されてたやつだから僕も見てたよ」
「あれ、琴音さんの動画です」
「……そうなの?」
「彼女はその頃から少し変わっていて、文字を見ると全て音階に訳してしまうそうです」
「それはある意味すごい才能だよ」
「まったく、その通りです」
その話を聞いてからよく耳を澄ましてみると、微かにパソコンから電子音が発されているのが分かった。
打ち込んだ文字があっているかどうかを目ではなく、耳で確かめているのだろうか。天才というのはこういう人のことを言うんだろうね。
「その向かい側で、機械に伝票を流し込んでいる者をご覧下さい」
「わんこそばみたいに伝票を入れ続けてる人?」
「はい。彼女は通称『すーちゃん』、寿司が大好きなのでそう呼ばれています」
「今度は随分と単純な理由だね」
すーちゃんの本名はたま子というそうで、やっぱりニックネームと本名に関連は一切ないらしい。
ただ、普通の寿司好きというわけではなく、彼女は『ビッ〇らポン』がある寿司屋にしか行かないんだとか。
「見て下さい、あの機会へ伝票を流し込む
「……あ、ビッく〇ポンにお皿を流し込む動きと同じだ」
「そうです。彼女はいかに早く100枚のお皿を流し込めるかを2年に渡り研究し続け、つい先日く〇寿司から怒られた人物なのです」
「何ひとつ自慢できないけれど、ビッく〇ポンにかける想いが誰よりも凄いことだけはわかるよ」
何はともあれ、彼女が皿を流し込む練習をしてくれていたおかげで、琴音さんが手を止めることなく集中出来ているのだから無駄ではなかった。
ただ、僕が一番気になっているのは、手前の2人がどれだけすごい技を見せても脳内から消えることのなかったもう1人の助っ人だ。
タイピングと流し込みだけで完結する作業の傍らで、片手で腰を押さえながらポンポンを振っているこのおばあさんは一体……。
「あの、この方は?」
「通称『ちーさん』、伝説のチアリーダーです」
「チアリーダー?」
「大差を付けられていた甲子園で試合、最終回のウラで遅れて到着した彼女が応援歌を歌い始めた瞬間、瞬く間に逆転し勝利したのだとか」
「実話ですか?」
「ちーさんが言っていただけですので何とも」
おじいさんおばあさんが昔話を少し美化するということは聞いたことがあるが、今のちーさんを見ると失礼ながら伝説とまで行くとは思えなかった。
ただ、確かに一生懸命ポンポンを振っている様を見ていると、元気が出てこなくもない。応援してる対象は機械なんだけど。
「あと、気になってたんですけど、通称って誰が付けたんですか?」
「経理部の部長です」
「その人、多分『うち〇三姉妹』見てましたよね」
「うちの〇姉妹、とは?」
「ほのぼのしたアニメですよ。原作は知りませんけど、ふーちゃんすーちゃんちーちゃんって三姉妹が出てくるんです」
「なるほど。気になるので今度見てみます」
「ぜひ」
そんな会話をしている間に作業が終わり、3人は一礼をして去って行く。
その背中を見送っている時に、麗華が「こっちの商品もお土産に追加しましょうか」なんて言い始めたから、そっと肩に手を置いて止めておいた。
「あ、
「大事なこと?」
「いえ。すーちゃんについてですが」
「すーちゃんさんがどうかしたの?」
「彼女、実は先程の機械の設計図を書いた人なんです。先程のもただの応援ではなく、機械に不具合が無いか確認していたのかと」
「……そうなんだ」
僕が心の中で、『3人目いるのかな、なんて思ってごめんなさい』と頭を下げたことは言うまでもない。
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