第388話
「
「そうだったんだね」
「ただ、人が集まってきた時にはノエルが財布を取り返しちゃってた。現行犯の証拠が映像になかったでしょ?」
「あ、そっか……」
「だから僕が殴られる必要があった」
いくら
まだジンジンと痛む腹を摩った僕は、やはり心配そうな目をする2人に微笑んで見せた。
「本当は僕がちゃんと守れたらかっこよかったんだけど、きっとファンの人達に笑われちゃうね」
「……」フリフリ
「イヴちゃんの言う通り。
「……」コクコク
「そうかな。だったら嬉しいなぁ」
「だって、一番に助けに来てくれたんだから。他の誰にも出来なかったことを、瑛斗くんはしてくれたんだよ?」
「いや、空気が読めないだけだと思うけど」
少し謙遜するつもりでそう言ってみると、ノエルは「……ぷっ」と吹き出してケラケラと笑い始める。
それにつられてイヴも肩を震わせ始めたかと思うと、2人して目元を拭いながらこちらを見つめた。
「瑛斗くんはいつだって空気を読めないもんね」
「読めないから、みんなが躊躇うことにも平気で土足で踏み込んで来る」
「そのおかげで私たちはこうしていられるんだけど」
「そう。瑛斗のおかげ」
ノエルが「ありがとう」と言って満面の笑みを見せると、イヴが言葉の代わりに気持ちを込めてハグをしてくれる。
人前でくっつかれるのは少し気まずいなんて思った矢先、妹の行動に焚き付けられたのか、ノエルまで人目を気にせず抱き着いてきた。
「ノエルはまずいでしょ」
「イヴちゃんに負けてられないもん!」
「だからってファンに囲まれてるのに」
「や、やましい気持ちなんてないから大丈夫!」
「……みんなが分かってくれるといいけど」
もちろん世間全体が彼女の言葉を信じるはずもなく、今回の件は後に書かれたネット記事によって様々な意見が飛び交うことになる。
助けられたことで惚れてしまった説だとか、噂の恋人が実は今回助けた人説だとか。はたまた、次に出演するドラマのために恋愛の練習をしているだけだとか。
手遅れにになる前にノエル自身が、『妹の恩人だからね? ついハグしたくもなるよ!』と弁明したおかげなのか、プチ炎上程度で鎮火されてくれた。
しかし、それを見たとある人物が動き始め、ちょっとしたトラブルが発生するのだけれど、それはまた修学旅行が終わってからのお話。
「騒がせてごめんね、私は元気だよ!」
「……」ペコペコ
野次馬たちが次第に散って行き、残ったファンたちも元気に手を振るノエルを見ると安心してバラけていく。
彼女はその後もしばしサインや写真撮影に付き合ってから、「そろそろ行かないとだからまたねー!」と言ってみんなとお別れした。
「変なことで時間使わせちゃってごめんね」
「いいよ。ノエルたちの過去が精算出来たし」
「……♪」
「うん。これからはきっと安心して暮らせるよ」
先程の場所を離れてお土産屋さんへと向かっている僕は、すっかりいつものイヴに戻ったなぁなんて思いつつ、待ってくれていた紅葉たちと合流する。
「終わりましたか?」
「うん、待たせてごめんね!」
「そんなの気にしなくていいわよ」
「その通りです。瑛斗さんに助けてもらうことは、私たちにとって人生の分岐点でもありますから」
ウンウンと頷くみんなに「大袈裟じゃない?」と言うと、彼女たちはみんな揃って首を横に振った。
僕はただ気付いてしまったから見過ごせなかっただけなんだけど、それが偶然にもみんなにとって大切な出来事になっていたらしい。
「そう考えてみれば、
「わ、私の何がしょうもないのよ!」
「私は自分を偽り、ノエルさんとイヴさんは入れ替わっていました。では、東條さんはどうでしょう」
「紅葉ちゃんはぼっちだっただけだよね?」
「……」コクコク
「う、うっさいわね……私だって辛い思いをたくさんしてるのよ!」
確かに僕が紅葉にしてあげたことと言えば、ぼっち同士で友達になったことくらいだ。
何か特別な手助けをした訳でもないけれど、それでも彼女は僕にとってかけがえのない存在であることは確かになっている。
それはそれですごいことだよね。初めは嫌われてるのかと思うくらい冷たかったけれど。
「大丈夫。紅葉がしょうもなくても僕にとっては大切な友達1号だよ」
「っ……嬉しいのに嬉しくないわ……」
その後、お土産屋さんに置いてあったピコピコハンマーで20回ほど叩かれたことは言うまでもない。
気に入ったのか自分用にひとつ買ってたけど、お姉さんでも叩くのかな? ぜひその光景は見てみたいよ。
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