第383話

 ようやくお土産屋さんに到着した僕たちは、それぞれお土産を渡すべき相手をメモアプリに書き込んで整理する。

 買い忘れなんてあったら次から顔を合わせづらいからね。向こうから言及するようながめつい人はなかなかいないだろうけれど。


「並べてみると結構多いんだね」

「確かに。4月の私じゃ想像も出来なかったわ」

「僕たちも成長したってことかな」

「そうだといいわね」


 そんなことを話しながら、左手に持ったカゴに商品を入れていく。

 叔父さんには金運の上がるらしい手のひらサイズのシーサーを買っておこう。何となく好きそうだからね。


紗枝さえには何がいいだろ」

「紗枝? ああ、文化祭の時の子?」

「そう。最近会ってないけど勉強頑張ってるかな」

「随分と気にかけてるのね」

「僕はあの子の先生だからね」

「ふーん?」


 それから少し紗枝について教えてあげると、紅葉くれはは何やら意味深な目を向けてくる。

 勘違いでもされたのかと「安心して、教え子に手を出す悪い教師じゃないから」と言ってみたら、「別に心配してない」とそっぽを向かれてしまった。


「ふふ、中学生に嫉妬なんてみっともないですよ」

「うっさいわね。嫉妬なんかじゃないわよ」

「そうでしょうか。どう見ても、『私といる時に他の女の話なんて……』という顔ですが」

「そんなこと思ってないから! ただ、楽しそうに話してるなって思っただけよ……」

「それを嫉妬というのでは?」

「……そう、なのかしら」


 ギュッと自分の胸元を掴みながら、俯いて黙り込んでしまう彼女。

 きっと自分の気持ちの正体を教えられて、嫌がられるんじゃないかと心配になってるんだね。

 それなら、ちゃんと僕が言葉にしてあげないといけない。安心させてあげるためにも。


「紅葉、気にしてないよ」

「……ほんと?」

「僕だって嫉妬くらいするからね。イケメンを見たら羨ましいし、2人みたいに運動が出来たらいいなとも思うもん」

「ふふ、Cランクの顔と運動神経だものね」

「そう。世の中には羨ましいものだらけだよ」

「……そっか、そうよね」


 紅葉は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、何度か頷いてからこちらを見上げてくる。

 そしてにっこりと笑うと、胸を張りながら「私は紗枝ちゃんに嫉妬したわ!」と言って見せた。


「認められるのは強くなった証拠だね」

「まあ、お土産を渡す程度のことで嫉妬されるのは溜まったものではありませんけど♪」

「うっ……別に瑛斗えいとが許してくれてるんだから、白銀しろかね 麗華れいかに言われることじゃないわ!」

「私は寛容なので、嫉妬したりしませんよ?」

「無駄に自信家なだけでしょうが」

「自信を持てないよりマシだと思いますけどね」

「私だって自信くらい持てるわよ!」


 その言葉にニヤリと笑った麗華は、「いつなら持てるんです?」と詰め寄りながら聞く。

 言い返すために出た嘘だったのか、紅葉は口をパクパクとさせながら後退ると、背中を棚に付けるまで追い詰められてようやく息を吸い込んだ。


「瑛斗と2人きりの時、かしら」

「「……」」

「ど、どうして黙るよ」

「いえ、不覚にも可愛いなと……」

「右に同じだね」

「なっ?! 正直に言っただけじゃない!」

東條とうじょうさんは気付いた方がいいですよ。正直なった時のご自身の魅力に」

「そうやって私を付け上がらせようとして……」


 絶対に麗華信じないマンになってしまっている紅葉は、その名の通り麗華の本心からの言葉を信じるつもりは無いらしい。

 しかし、素直になった紅葉は普段よりも可愛く見えることは確かだ。本人がそれを理解していないのは、すごくもったいないことだと思えた。

 だからこそ、僕は代わりに伝えてあげようとしたのだけれど、口を開いた瞬間に事件は起きた。


「イヴちゃん、これなんてどうかな?」

「……」フリフリ

「ダメ? じゃあ、こっちは?」

「……」コクコク

「じゃあ、これとこれを買おっか♪」


 双子で仲良くお土産を選んでいる平和な光景。その背後で、マスクにサングラスといかにも怪しげな男が移動してくる。

 その男は2人が買い物に夢中なのをいいことに、イヴのカバンに手を伸ばして財布を抜き取ろうとしていた。


「イヴ、後ろ! 盗まれるよ!」


 咄嗟に声を上げたものの、既に財布は男の手の中。慌てて取り返そうとするも振り切られてしまい、手の甲が顔に当たったイヴはよろけてしりもちをついてしまう。


「イヴ、大丈夫?」

「……」コク

「僕が取り返してきてあげるから安心して」


 そう言ってすぐに走り出そうと男の逃げた出口へと顔を向けると、もうノエルが飛び出していくところだった。


「みんなはイヴちゃんを見てて。私が捕まえるから」


 彼女は背中越しにそうとだけ告げると、ものすごいスピードで走り始める。

 僕は少し赤くなったイヴの左頬を撫でてあげながら、ゆっくりと立ち上がって出口へと歩みを進めるのだった。

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