第380話

 それから数分後、瓜島うりしまさんによって集められた紅葉くれはたち6人と瑠海るうなさんも含めた7人は、僕と同様に先程のジェラートを食べてみる。

 反応を見る限り、やはりココナッツが気になるようで、近藤こんどうさんは歯に挟まったそれを紫帆しほさんに爪楊枝で取ってもらっていた。


「君たちはこれが売り物になると思うか」

「「「「「「「…………」」」」」」」

「どうして何も言わないんだ?」

「瓜島さん、笑顔忘れてますよ」

「ああ、そうだった」


 彼がコホンと咳払いをしてから口角を上げると、イヴと瑠海さんを除いた全員が短く悲鳴をあげる。

 きっと本人からすれば満面の笑みなのだろうけれど、元々怖い顔になってしまうタイプの人なんだろうね。


「正直な意見が聞きたいんだって。取って食ったりしないから教えてくれないかな」

「え、瑛斗えいとがそう言うなら……」

「本当に怒られたりしませんか?」

「下手なこと言ってネットで叩かれないよね?!」


 さすがはテレビの向こう側に生きるアイドル。こんな時でもネットの反応を考えてしまうらしい。

 やっぱり人気なだけあって、よく思わない人も一定数いるからなのかな。

 前に見かけた回転寿司ロケに関する掲示板には、『お寿司はサーモンからだろ』って怒ってる人いたし。何で悪口言われるか分からない世の中だよ。


「新作の味見くらいで叩く奴はいないはずだ」

「でも、前に新種の狐を探すロケで写真を見て『かわいい』って言ったら、掲示板に『かっこいいだろ!』って書き込まれましたし……」

「……良くわからないやつも中にはいるんだな」


 僕は世の中の理不尽さに唸り始めてしまう瓜島さんを横目で見つつ、今の話の中で気になったことをノエルに歩み寄って聞いてみた。


「ノエルもネットの反応とか気にしちゃうんだ?」

「私、MyTubeもやってるから。ネットの反応が悪くなると、そっちの利益が落ちちゃうから」

「まったく、大変な時代になったよ。でも、傷つくリスクを負ってまで見ないといけないの?」

「リスクは回避してるだけじゃダメなの。ファンを大事にするためには、そうじゃない人の気持ちも理解しないといけないし」

「さすがプロだね」

「批判する意見の中にも、間違ってないものもあるんだよ。それを取り込めば、その人は私を応援してくれるようになるから」


 ノエルは「それに、知らないフリって意外と苦しいだけだから……なんてね♪」と笑いつつ、もう一口ジェラートを口に運ぶ。


「売り物にはならないと思います。ミントのスッキリ感をココナッツが残ることで邪魔しちゃってるので」

「なるほど、的を得た意見だな」

「ただ、ミント自体は悪くないです。もう少し材料の割合を変える余地はあるでしょうけど」

「検討しよう」


 どうやら彼女の意見は良いものだったらしく、瓜島さんもウンウンと頷きながらメモを取っている。

 その様子を見ていた他のみんなも段々と自分の感じたことを言い始め、最終的にメモ用紙数ページにも及ぶ改良案が出来上がったのだった。


「ありがとう、助かった。せっかくの修学旅行で時間を取らせて悪かったな」

「いえ、呼ばれた原因は僕ですし」

「元々この店は味より景色と内装で若者に人気だったんだ。味を褒められることの方が珍しい」

「でも、もうひとつの新作があるんですよね? それはどうなんですか?」

「ああ、ついさっきまで売れると確信していた。ただ、自分の好みだからといって客が喜ぶとは限らないからな……」


 瓜島さんは先程のミント味の方も自分では売れると思っていたようで、それが不評だったことから自信を失いかけているらしい。


「今回のお礼にクーポンをやろう。シングルの値段でダブルを買えるお得なやつだ」

「ちゃんと買わせはするんですね」

「こっちも商売だからな」

「まあ、元々買うつもりできたので気にしないですけど」


 クーポンを受け取った僕たちは一度部屋の外へ戻り、ケースの中のジェラートを覗き込む。

 そこから各々好きな味をひとつずつ選ぶと、みんな目配せをしながら2つ目としてまだ見ぬ新作を選んだ。


「あんな風に言われたら気になるわよね」

「新作の味を知らずには帰れません」

「それに一番に味見なんてなかなか出来ないし!」

「……」コクコク

「一つも二つも、意見するなら同じやわ」

「それそれ、私もそれ言いたかった」


 紫帆さんに「嘘っぱちやな」と笑われて不満そうにしている近藤さんを微笑ましく思いつつ、僕は戸惑っている瓜島さんの方を真っ直ぐ見る。


「でも、自信が無いものを提供するなんて……」

「僕、言いましたよね。ここにいるみんなは素直だって。みんな我慢して食べたいって言ってるわけじゃないんですよ」

「しかし……」

「自信が無いなら自信を持てるものを作る手伝いをさせてください。ここで見捨てて帰ったら、それこそ最悪の思い出になりますから」

「……わかった」


 仕方ないと言いたげにため息をついた彼は、不安げな自分の顔をペチンと叩いて暗さを吹き飛ばす。

 それから「準備してくる」と保存場所へ向かっていく姿を見て、僕は不思議と期待に胸が膨らんだ。


「なんだ、作り笑顔が苦手なだけなんですね」


 みんなの言葉がよほど嬉しかったのだろう。その時の瓜島さんの笑顔は、まるで別人かのように人当たりが良さそうに見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る