第379話
差し出されたアイスを完食すると、店長さんは相変わらず睨みつけるような目で空になったカップを見つめた。
それから少し間を開けて「どうだ」と聞かれた僕は、咄嗟に『美味しかった』と答えようとして彼に止められてしまう。
「嘘はつくな。ありのままの意見を聞かせろ」
「……イマイチです」
「ほう。やっぱりそうか」
店長さんはカップを受け取って首を捻ると、今度は何やら材料のようなものを置いてあった工具で砕き始めた。
「あの、僕は何のために連れてこられたんです?」
「決まってるだろ。新作の味見をさせるためだ」
「あ、さっきのが新作なんですね。でも、僕じゃなくてもいいんじゃ?」
「お前、さっき俺のジェラートが美味しくないって言っただろ」
「あれは誤解です。美味しいかどうか分からないという意味で言ったんですよ」
僕は何とか勘違いを正そうと言葉の意味の違いについて説明したけれど、店長さんに「よくわかんねぇ」とあっさりそっぽを向かれてしまう。
ただ、見たところその件で怒っているというわけではないらしいから少し一安心だよ。工具も拷問用じゃなくて仕事用だったみたいだし。
「俺はお前みたいに味に正直な奴を探してたんだ」
「でも、僕普通の高校生ですよ? アイスの味なんて評価できません」
「アイスじゃねぇ、ジェラートだ」
「同じですよね?」
ジェラートとは、アイスクリームをイタリア語か何かで言い換えたものだと僕は記憶している。
ただ、店長さんもとい名札を見るに
「一言にアイスと言っても、乳脂肪分の割合によってアイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイスに分けられている」
「なるほど」
「ジェラートはアイスミルクと同じで乳脂肪分が3%から8%のものを言う。アイスと一括りにされては困る!」
「そうだったんですね。覚えておきます」
材料のようなものを砕く音が怖いから、とりあえず素直にウンウンと首を縦に振っておく。
出来ることならこの場から逃げ出したいけれど、もしかしたらこのままやり過ごせるかもしれないという希望のせいで行動に移せなかった。
「ほら、さっきの試作品を改良してみた。良くなったか悪くなったか、はっきりと言ってくれ」
「分かりました」
再度差し出されたカップを覗いてみると、先程は水色一色だったはずのアイ……ジェラートの中にココナッツのようなものが混ざっているのが見えた。
口に含んでみると相変わらずジェラートは消えてしまったかのように喉奥へ流れ、ゴロゴロとした粒だけが舌の上に残る。
「食感が良くないです」
「お前はどうすればいいと思う」
「もっとジェラートの滑らかさを活かすべきだと思います。固形物を入れるより、一緒に飲み込めてしまうようなものの方がいいかと」
「なるほど」
「あと、このジェラートってミント味ですよね」
「そうだ。まだこの店にはなかったからな」
「こんな事言うのもなんですけど、個人的に数種類あるならミントは選ばないですね。イチゴやチョコの方が好きですし」
あくまで僕自身の意見ではあるが、この店には既に『沖縄マンゴー味』と『ドラゴンフルーツ味』があった。
沖縄のジェラートならではの選択肢がある中で、わざわざどこでも食べられるミント味を選ぶ人がどれだけいるかという話なのだ。
「せっかく修学旅行生に人気の店ですし、シナモン味だとかぶどう味を出せばいいんじゃないですか?」
「確かにそうかもしれないな」
「もしミント味で出したいなら、僕には聞かない方がいいです。歯磨き粉の味だと思っちゃう人なので」
「なら、もうひとつ試作品がある。そっちを試してもらえるか」
「それはいいんですけど、外で待ってるみんなも呼んで貰えません? 心配してると思うので」
僕の言葉に「ああ、そうだな」と頷いた瓜島さんは、ドアへ近付いてドアノブに掴んだところでこちらを振り向いた。
「一応聞いておくが、お前の友達は正直か?」
「瓜島さんが怖い顔をしなければ、正直に話してくれると思います」
「……この顔は怖いのか?」
「ものすごく」
「わかった。笑顔を心掛けよう」
そう言いながらニッと口角を上げた彼の表情は、お世辞にも人当たりが良さそうとは言えなかった。
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