第378話

 アイス屋さんに到着した僕たちは、先に到着して待ってくれていたノエルたちと急ぎ足で合流した。

 先に店に入っててくれてよかったのにと伝えると、彼女は首を横に振って「暑い中でようやく食べられるから美味しいんだよ!」と熱弁し始める。


「アイスに親でも救われたの?」

「あれは夏の暑い日のことだった……」

「あ、ちゃんと語りまで付いてるんだ」

「突然飛び込んできた強盗の振り下ろしたナイフを、偶然握ってたあずきバーが受け止めてくれたのです!」

「確かに硬いけど無理でしょ。というか、あずきバーを食べるような時間帯によく強盗しようと思ったね」


 ノエルは最後に「全部嘘なんだけどね♪」と付け足すと、鼻歌を歌いながら店の入口へ向かって歩き出す。

 僕たちはその背中を眺めつつ、「楽しそうでなによりだね」と呟いて後を追うのだった。

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 店の中はアイス屋さんなだけあって想像以上に涼しかった。テーブルの数はそこまで多くないものの、見覚えのある顔がいくつか見える。


「れ、麗華……さん?」


 その中にはかつて麗華の取り巻きだった3人もいた。彼女たちは麗華を見つけると、驚いたように立ち上がって軽く会釈をする。


「あら、あなたたちもこのお店に?」

「せっかくなので人気のアイスを食べようかと……」

「そんなにかしこまらないで下さい。私たちはもう対等なお友達なのですから」


 偽りの友達を捨ててからそれなりの月日が経っているが、どうやらまだ完全に対等になり切れているわけではないらしい。

 そもそもランク差がある時点で、あの学園のシステム的に対等というのは難しいことだから、こうなるのも仕方の無いことなんだろうね。


「ところで、食べてみて美味しかったものはありますか? このお店について何も知らないので、是非感想を聞きたいのですが」


 彼女がそう言うと、3人は自分たちの手元にある空のカップを見つめて少し唸る。

 もしかしてあまり美味しくないものを頼んでしまったのかと思ったけれど、どうやらそういうわけでは無いらしい。


「どれも美味しかったですからね……」

「甲乙付け難いといいますか……」

「何を頼んでもハズレは無いかもです……」


 確かに全部美味しいと感じている時に、どれが一番かと聞かれたとて困ってしまうもの。

 麗華はにっこりと笑ってお礼を伝えた後、「では、好きなように選んでみますね」と手を振ってその場から離れた。


「仕方ありませんね、間違いのないように店ごと買い取ることにします」

「ちょ、さすがにそれはやり過ぎよ!」

「ふふ、冗談です。今は修学旅行ということで、一般的な金額しか持ってきていませんから」

「お金があれば買うつもりだったのね……」

「心配しなくても、私がオーナーになれば東條とうじょうさんにはいくらでも食べさせてあげますよ」

「それは悪くない話ね」

「沢山食べて太らせて、瑛斗えいとさんに幻滅してもらいましょう!」

「前言撤回、やっぱり悪でしかないわ」


 2人がいつも通りのやり取りをしている間、イヴはノエルの手を引いてアイスの並ぶケースの中を覗き込み始める。

 僕も大きな喧嘩になる前にこっそり移動すると、全部で12種類ある味をじっくりと観察してみることにした。


「どれも美味しそうだね」

「……」コクコク

「2人はどれにする?」

「……」ジー

「瑛斗くんと同じのにしよっかな♪」

「美味しくなくても責任押し付けないでね」

「ちょ、そんなことここで言っちゃダメだよ?!」

「……あっ」


 慌てるノエルの危惧通り、今の僕の言葉は店の奥にまで聞こえてしまっていたようで、ケースの向こう側から姿を現した店長さんがこちらをじっと睨んできた。


「俺の作るジェラートが美味しくない、だと?」


 店長さんはドスの効いた声でそう言うと、拳を握りしめながら肩を震わせる。

 これはまずいと逃げ出そうとした矢先、僕はカウンターから飛び出してきた彼に捕まえられ、あっさりと従業員用控え室まで連行された。


「え、瑛斗くん?!」


 ノエルの声は扉が閉まったことで遮られ、気がつけば目の前にはハンマーやペンチなどの工具。

 僕は心の中で初めの数言しか知らないお経を唱えながら、この危機的状況から逃げ出す手段を探し始めるのだけれど―――――――――――。


「……食えよ」


 数秒後、店長さんは何故かアイスの入ったカップとスプーンを差し出していた。

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