第377話

 次の目的地は同じと言えど、せっか運転手さんがいるのだからとノエルたち4人には元のタクシーに乗り換えてもらって先にアイスクリーム屋さんへ向かうように伝えた。

 僕たちは一度水族館の入口まで行くと、中へは入らずに横へ向かって例のレストランに入る。


「……あの、すみません」

「ああ、昼過ぎに来られたお客様ですね」

「覚えてもらえていたのですか」

「まだ諦められないという目をされていたのと、制服が目立っていたので。もしや、再度挑戦しに来られたのでは?」

「出来ることなら持って帰りたいなと」

「ふふ、そこまで喜んでいただける味を提供できたと思うと、私共も嬉しい限りです」


 店員さんはそう言うと一度厨房の方へと入り、数分後に袋に入ったプルスチック製の容器を持って出てくる。

 話の流れ的に考えて、あの中身はハンバーグだろう。余り物らしいからわざわざ手間をかけたわけではなさそうだけれど、瑠海るうなさんはすごく嬉しそうな顔をしていた。


「保冷剤を入れているので、3時間以内なら大丈夫だと思います。間に合いそうですか?」

「お嬢様方が見学をしている間に、急いでホテルに戻って置いてくることにします」

「お嬢様……?」

「私、メイドをしておりますので」

「なるほど。似た者同士ですね、私共の主はお客様全員ですが。主の笑顔を見られることこそ、仕事の一番の対価です」

「ふふっ、よく分かりますよ」


 瑠海さんは麗華れいかの方を振り返ると、真顔のままじっと見つめる。

 その主様は何を伝えようとしているのか理解できないみたいだったけれど、きっと大好きだって念を飛ばしてるんだろうね。

 あくまで僕の憶測だから、本当はハンバーグ楽しみだなぁって考えているのかもしれないけれど。


「お待たせしました。では、あちらのグループの方々を退屈させてしまわないよう、私たちも出発しましょう」


 大事そうに袋を両手で抱えた彼女がそう言うと、紅葉くれはたちは頷いて店を後にする。

 後ろから「またのご来店をお待ちしております!」と声が飛んできたから、僕たちはみんなで手を振ってお別れをするのだった。


「もうひとつ一緒に来る理由が増えたわね」

「理由なんてなくても来るよ、来たいなら」

「女は理由がなきゃ走らないものなの。だから、何かしたい時はいつも強引に理由を作るのよ」

「紅葉だけじゃないの? ねえ、麗華」


 そう言って顔を見てみると、麗華は少し悩んでからゆっくりと首を横に振る。

 どうやら彼女も紅葉と同じで、大義名分がなければ何かをすることができないタイプらしい。


「何も無いのに瑛斗えいとさんに会いに行くのは難しいですから」

「へぇ。僕は会いたいって正直に言うよ?」

「それが出来たら苦労しないのよね……」

「そもそも、瑛斗さんから何もなしに私の家に来たことって無いですよね」

「基本的に僕は自室が好きだから。来てくれたらいいなとは思ってるよ」


 素直に気持ちを話してみれば、2人は少し悩ましげに顔をしかめた後、お互いにウンウンと頷き合ってにっこりと笑った。


「なら、瑛斗が会いたがってるかもっていう理由が作れるわね」

「いつでも行けますね。毎日でも入り浸ります!」

「それは困るよ。僕だってプライベートな時間が欲しいもん」

「あら、プライベートな時間に何をするのかしら」

「私たち、気になって仕方がないです〜♪」


 やたら肩を押し当ててくる2人に、「ゲームだけど」と答えたら何故かしゅんとして引き下がってくれる。

 一体何を期待していたのかと聞いてみても、口を噤んで教えてくれなかった。もしかして何か間違ったこと言っちゃったのかな。


「じゃあ、逆に僕が紅葉と麗華の部屋にずっと一緒にいたら迷惑でしょ?」

「そう言われると、確かに困ることはあるわね……」

「プライベートスペースって大事なんですね」

「分かってくれたみたいでよかったよ」


 事を円満に解決することが出来たと安堵したその後、「ところで、2人のプライベートな時間って……」と聞いたけれど、2人とも何も答えなかった。

 僕は教えてあげたのに不公平だよね。まあ、気になっても眠れるくらいの話題だから別にいいんだけどさ。

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