第376話

「この前、レッスンの帰りに寄ったカフェで、みどりの友達に会ったの」

「翠って、夏川なつかわ みどりのこと?」

「そう。この前泊めてくれた子だよ」


 翠というのは、ノエルが所属するWASSup調子はどう?のメンバーの一人だ。

 ノエルが仕事から逃げて来た時、僕の代わりに匿ってくれた人でもある。

 あの時の2人のやり取りを見て、『男勝りなのはちょっと……』と思っていた僕ですら、翠株が急上昇したね。


「その友達って男の子?」

「うん。私はほとんど会話したこと無かったんだけど、一応同じ事務所のアイドルやってる人だから」

「ノエルの事務所って他にもアイドルいたんだ」

「そこそこいるよ? 向こうは男グループでかなり人気が出てきてる人なんだけど」

「名前とか分かる?」

尼寺宮にじのみや 天翔かけるって子だよ」


 そう聞いて脳内検索してくるも、特に覚えが無ければ顔を出てこない。

 諦めて「聞いたことないね」と首を横に降れば、呆れたように紅葉くれはがため息をついた。


瑛斗えいとはアイドルに興味無いだけでしょうが」

「興味ならあるよ、WASSup調子はどう?限定で」

「もう、瑛斗くんったら♪」

「……幸せそうでよかったわね」


 赤くなった頬に手を当ててモジモジとするノエルに苦笑いした彼女は、何やらデバイスで検索したものを見せてくる。

 それは先程ノエルから聞いた名前でヒットした人物らしく、写真を見れば何となく記憶が蘇ってきた。


「ドラマにチョイ役で出てた人だ」

「まだ成長途中だからね。3人グループで3人とも人気だから、これからテレビで見ることも増えると思う」

「なるほど。それで、この人が噂の相手なの?」

「多分そうかな。彼のお父さんはすごいお金持ちらしいし、ファッションセンスもいいから」

「やっぱり僕とは真逆だね」

「私は瑛斗さんの服装も好きだけどなー♪」

「全部奈々ななに指示されたやつだよ」

「……そ、そうだったんだ」


 高校生にもなって、妹に服を選んでもらっているという事実に若干引かれた気もするけれど、「今度私も選んであげる!」と言ってくれたからガチ引きでは無いらしい。

 アイドルのセンスはきっと僕よりすごいだろうから、もちろんありがたく伝授してもらうことにした。


「噂についてだけど、ファンの大半は『そんなイケメンなら仕方ない』って認めてくれてるみたい」

「事実を否定してないの?」

「したけど効果なかったんだよ」

「それは困るね。一部の人は認めてないわけだし」

「認めないとしても、私が好きになるのは瑛斗くんだけだから空振りなんだけどね♪」

「この子、笑顔で酷いこと言ってるわよ」

「アイドルだからって中身まで清楚にはなれないんだよ、紅葉ちゃん」

「あなたも白銀しろかね 麗華れいかと同じで、ある意味腹黒だものね」

「「……は?」」

「と、取り消すわ!」


 両側からキッと睨まれて慌てて前言撤回するものの、紅葉は頬を引っ張られて逆に「腹黒よ、腹黒!」と開き直る。

 まあ、脇腹をつねられた時には観念して謝っていたけどね。初めからそうすれば、痛い思いしなくて済んだのに。


「彼氏はいないんだし、早めに噂を完全否定した方がいいよね」

「そうだけど、事務所が動いてくれないと個人だけでは難しいんだよね」

「何もしてくれないの?」

「そういう訳じゃなくて、最近新しいグループが増えてきたから、忙しくて手が足りてないって感じかな」

「それは仕方ないね。噂の相手が変なこと言って、面倒なことにならないといいんだけど……」

「もう、フラグ立てないでよ」


 不満そうに膨れるノエルの頬をぷにぷにとした僕が、心の中で『むしろ付き合ったことにして別れて見せれば……』と考えたことは秘密だ。

 いくらアイドルとしての立場を守るためとは言え、乙女の純情を踏みにじるような真似は到底出来ないからね。


「皆様、間もなく到着ですよ」

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