第372話

 暗い通路を抜けた先で僕たちが見たのは、水槽の中に灯る光。それは人工の照明ではなく、生き物の体から放たれる光だった。


「どうやって光ってるのかしら」

東條とうじょうさん、知らないんですか」

「何よ、白銀しろかね 麗華れいかは知ってるって言うの?」

「もちろん知っていますよ」


 麗華は自慢げにそう言うと、ドヤ顔をしながら紅葉に光を放つ方法を教えてあげていた。

 ルシフェリンとルシフェラーゼという二つの物質の化学反応で光を作り出すだとか、発光バクテリアと共生することで光を手にしただとか。

 背中に隠しているデバイスに検索画面が映っているけれど、「物知りなのね」と褒められて喜ぶ麗華を見たら何も言えなかったよ。


「ちなみに、チョウチンアンコウの提灯ちょうちんの中にも発光バクテリアがいるそうです」

「へぇ。チョウチンアンコウって見た事ないわね」

「なかなか見れるものでもないですからね」

「あんな大きな屋敷なんだから飼えないの?」

「生き物の命を預かるんですよ。財力的には可能でも、初めて飼う魚がチョウチンアンコウなんて息が詰まります」

「初めて? 金魚は飼ったことないってこと?」

「……その話は思い出したくないです」


 一体麗華と金魚の間に何があったのかは分からないけれど、あまりの暗い表情に僕も紅葉もそれ以上は踏み込めなかった。

 そんな様子を察したのか、彼女は「ただ寿命で亡くなっただけですよ」と笑ってくれるものの、大切なペットを失った辛い気持ちを誤魔化しているのは明らかだ。


「私も朝起きたら金魚が浮いてた時は悲しかったわ。3日は落ち込んでたもの」

「東條さん……」

「僕も金ちゃん7号が死んじゃった時は寝込んだよ。何年も餌やりをしてきたし」

「ちなみに6号はどうなったんですか?」

「居ないよ。体長を測った時に7cmだったから7号って奈々なながつけたんだ」

「ふふ、色々とややこしいですね」


 麗華はクスクスと笑うと、目の前の魚たちを見つめながらそっと胸に手を当てる。

 生き物を飼うということは、ほとんどの場合が自分よりも先に大切なものの命が失われることを経験することと背中合わせなのだ。

 いつか来るお別れを考え続けろとは言わないけれど、永遠に立ち直れなくなるのなら、その人は生き物を飼うことに向いてないんだろうね。


「もう大丈夫です。今更泣いたりしません、石田2号のことはわすれられませんが」

「独特な名前だね」

「いつも石の影に隠れていたので」

「私の飼ってたキンペリーヌ三世も石の影が好きだったわ」

「もっと独特なのが居た……」

「お、お姉ちゃんが付けたのよ!」

「そういうことにしておきましょうか」

「なっ?! 信じてないわね?」


 適当にあしらわれたことにカチンと来た紅葉は、不満そうな顔で麗華を睨みつける。

 負けじと見下ろす麗華だったが、「暴力で解決というのはやめましょう」と言うと、何やら腕を組んで自分の頭の中を探り始めた。


「そうですね。石田2号は私が近付くと寄ってきてくれました」

「……なるほど、思い出勝負ってわけね」

「東條さんは何かありましたか?」

「近付くのは当然よ、餌が欲しいんだもの。キンペリーヌ三世は指で水槽をなぞったらそれを追いかけてきたわ」

「なかなか懐いていますね。しかし、輪っかをくぐるなんて芸は出来なかったでしょう」

「ふっ、あっち向いてホイが出来たわ」

「金魚にそんな知能があるとは……」

「必ず私が勝てたわ、優しい子だったのよ」

「……それって、指を追いかけていただけでは?」


 金魚トークに花を咲かせる2人に僕も混ざろうと思ったけれど、金ちゃん7号と8号は芸が出来ない普通の金魚だったからね。

 それでも思い出は沢山あるけれど、2人の楽しそうな表情を見たら遮る気に離れなかった。


「石田もキンペリーヌも幸せだったんだろうなぁ」


 飼い主にこんなにも覚えてもらっているのだから、不幸せだったわけがない。きっと2人はペットを飼うのに向いてる人間なのだろう。

 僕は心の中でそう呟きながら、しばらく続いた思い出勝負がドローで終わるのを見届けるのだった。


「思い出に差なんて無いわね」

「持っている人だからこそ価値が分かるのですから」

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