第367話

 僕たちはちゅらティーを飲み終えると、せっかくだからとここでしか食べられないソフトクリームを頼もうという話になった。

 しかし、通りかかった店員さんに注文してみると、その人は慌てた様子で「申し訳ありません!」と深く頭を下げる。


「ただ今機械トラブルがありまして……」

「しばらく解決しそうにないですか?」

「恐らく1時間ほどはかかるかと……」

「そうですか、わかりました」


 どうにもならないことをグダグダ言っても仕方が無いので、ここはキッパリと諦めてご馳走様をすることにした。

 会計の時に詫びの品としてソフトクリームのクーポンを貰ったけれど、次回来るのはいつになるだろうか。


「ふふ……」


 Mドナルドのクーポンが良かったなと内心残念がっていると、自分の分の会計を終わらせた紅葉くれはが何やら静かに笑い始める。

 どうしたのかと聞いてみれば、彼女はクーポンを見つめながら心底嬉しそうに言った。


「また一緒に来る理由が出来たわね」

「……」

「ん? どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 大事そうにクーポンを財布の中へ仕舞う彼女を見て、僕が「有効期限内に来ようね」と約束したことは言うまでもない。


「クーポンなんてケチくさいものを使うのは好みませんが、私もこれだけは大事にします」

「何なら、使わないで飾っておいてもいいわね」

「それいいですね。額縁に入れておきましょう」

「私はコルクボードにでも貼っておくわ」


 結局、この様子だと次に来た時にこれを使う人はいないんだろうなぁ。自分も含めてね。

 僕は心の中だけでそう呟くと、折れてしまわないように注意しながらクーポンをカバンの中へ入れるのだった。

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 カフェを出た僕たちは、ジンベエザメのいる大きな水槽を眺めながら進むと、その先にあるジンベエ・マンタコーナーというエリアの前で立ち止まった。


「ちょっと御手洗に行ってもええかな?」


 ちょうどそこにトイレのマークが見え、紫帆しほさんが遠慮がちにそう聞いたからか、近藤こんどうさんが「私も!」と手を上げる。

 それに連鎖するようにみんなこのタイミングで済ませておこうという気になったらしく、結局全員が御手洗に行くことになった。


「いやぁ、水族館って何歳になっても楽しいよね」

「せやな。地元に水族館あるけど、最後に行ったの幼稚園の時やわ」

「うんうん、近くにあると逆に行かないよね!」

「……」コクコク

「同感ね。いつでも行けるなら今じゃなくてもって思っちゃうのよ」

「そうしてる間に、飲食店などは気付いたら無くなってるんですよね」

「それすごいあるあるやん」

「……」コクコク


 女子たちはワイワイと楽しそうに話しながらトイレへと向かう。この様子を見ていると、どうして学校でも複数人で一緒に行っているのか納得できるね。

 もちろん僕は一人だから、静かに入って静かに用を足すんだけど。騒いでいたらおかしな人だと思われちゃうだろうし。


「……」

「……」

「……瑛斗えいと様」

「ん?」


 名前を呼ばれて横を見てみれば、いつの間にか隣で用を足している人がいた。

 全く気配がしなかったから気付かなかったけれど、その顔を見上げてみればノエルのマネージャーである紫波崎しばさきさんではないか。


「お久しぶりです、来てたんですね」

「一応ノエル様のボディガードですので」

「沖縄にまで来るんですか」

「はい。ですが、私がここにいることは内密にお願いします。ノエル様は私が来ることを拒みましたが、事務所の命令には抗えないので」

「紫波崎さんがそう言うなら、秘密はしっかり守りますよ。ノエルを怒らせたら怖いらしいですし」

「よろしくお願いしますね」


 紫波崎さんは「では」と軽く会釈すると、手を洗って足早に去っていく。

 僕はその背中を眺めながらトイレを終えると、首を傾げながら心の中で呟くのであった。


(内密にするなら、どうして話しかけてきたのかな)

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