第364話
順路に沿って進んでいくと、向こうの大きな水槽とは別でサメが展示されたエリアに辿り着いた。
壁には大きなホオジロザメの皮が飾られており、僕がこれを運ぶなら5人に分身する必要がありそうなほど大きい。
まあ、某七つの玉物語みたいに、分身したら力も分散しちゃうタイプだったら意味ないけどね。
「あれはサメの模型かしら」
「吊るされてますね、悪いことしたのでしょうか」
「悪いことしたら吊るすって、もはや極道じゃない」
「安心してください。
「……何も聞かなかったことにするわ」
この一族の的にはならないようにひっそりと生きていったほうがいいのかもしれない。麗華とはずっと仲良くしたいけれど。
「向こうにサメおるよ、見に行かへん?」
「え、生きてるのもいるの?」
「そりゃ、水族館やからな」
「水が赤色に染って……」
「綺麗な青や、安心し」
血が得意な人間なんて多くないだろうけれど、彼女の場合は顔を手で覆いながら水槽に近付くくらい苦手なようだ。
「……あ、ほんとだ。サメって喧嘩しないの?」
「そりゃ、生き物やから喧嘩はするやろな。せやかて無意味な殺し合いっちゅうのは、人間くらい無駄な知性がないと起こらんわ」
「へえ、意外と平和な生き物なんだ」
「サメは500種類以上おるけど、人喰いザメはその中の6種類しかおらんって言われとる。そいつらが人襲うのも、自分が生きるためやろうしな」
「食料にするためとか、縄張りを守るため?」
「すーちんにしては賢いなぁ」
「バカにしんといて!」
「関西弁が
二人の会話を関心しながら聞いていると、
「いや、勝手に決めないでくれる?!」
「某有名サメ映画に出てくるサメの種類は?」
「確かホオジロザメよね」
「
「いえ、そこまでは分からないわ」
「正解は8mや。紅葉ちゃん6人分はあるで」
「5人分よ!」
「おっと、それは失礼。140で計算しとったわ」
「……ふんっ」
どうやら紅葉の中の紫帆さんへの評価は少し右肩下がりになってしまったらしい。
身長なんて言われないと分からないから、間違えるのも仕方ないと思うんだけどね。彼女だって攻撃しようと思ってそれを言ったわけじゃないだろうし。
「えっと、ちなみにこれまで発見された最大のホオジロザメは6.4m。あれより紅葉ちゃん1人分小さいんやな」
「1人分……ふふ、そうね。私1人分よね」
まあ、何だかんだ機嫌を戻してくれたみたいだったけど。140なら怒るけど160なら喜ぶんだね、これは覚えておく必要がありそうだ。
「……」ペシペシ
「イヴちゃん、どしたん?」
「……」シュッシュッ
「んー?」
紫帆さんの肩を叩いたイヴは、何やらボクシングをするようなジェスチャーをして見せる。
しかし、彼女には何を伝えたいのかが分からないようで、僕が代わりに通訳してあげることにした。
「イヴは『パンチでサメを倒せるって本当?』って聞いてるよ」
「うん、本当やで。ただし、そこらの女の人やと無理やろな。力に自信のある男やないと、サメの鼻を狙わなあかんし」
「……」ブンブン
「『ハンマーがあれば倒せるか』だってさ」
「地上ならな。でも、走って逃げれるなら立ち向かうのはおすすめ出来んな。イヴちゃんが襲われたら、ノエルちゃんが悲しむやろ」
「…………」コクコク
イヴは彼女の言葉にウンウンと頷くと、ノエルに駆け寄ってぎゅっと抱きつく。
そして何かを思い出したように僕の方を見ると、目で何かを訴えかけてきた。
「『そもそも海に入れないんだった』って言ってる」
「あはは、苦手やもんな」
「それには僕の責任もあるんだけどね」
「
「ちょっとね。無人島生活を覚悟しただけだよ」
「……?」
ちょっと何言ってるか分からない状態の紫帆さんだったが、彼女はまあいいかと受け流すと双子でイチャついている様子を眺めながら短くため息を漏らす。そして。
「それにしても、イヴちゃんの考えを読み取るってすごいな。ウチには出来へんわ」
「何となく伝わってくるんだよ」
「信頼し合ってるってことなんかな。2人に強い結び付きがあるからこそなんやろなぁ」
彼女の何気ない呟きを聞いた3人が、じっとこちらを見つめてきたことは言うまでもない。
「……なに?」
「べ、別に?」
「なんでもないですよ」
「むっ、瑛斗くんの鈍感」
誰の考えてることも伝わらなかったけれど、不思議とイヴの『フカヒレって美味しいの?』という視線だけは読み取れた。
「僕も食べたことないから分からないけど、ここにいるサメからはフカヒレは取れないよ」
「……」フムフム
「いつか食べられるといいね」
「……」コク
もしかすると、イヴには超能力があるのかもしれない。それならどうして僕にしか通用しないのかは分からないけれど。
「お姉ちゃんがすごいアイドルになったら、沢山食べさせてあげるね!」
「……♪」
まあ、細かいことは気にする必要は無いか。今からヨダレを堪えているイヴの表情を見て、そう納得する僕であった。
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