第361話
タッチプールで魚を満喫した僕たちは、濡れた手を拭きながら次のエリアへと進んだ。
ここはサンゴの海という名前の付けられた水槽があり、サンゴとサンゴ礁に住む熱帯魚たちを見ることができるらしい。
「大きなサンゴですね」
「ここは常に新しい海水を取り入れて、循環させてるみたい。そうしないと大規模なサンゴの飼育はできないんだってさ」
「水族館が展示するのって、動くものだけじゃないのね。初めて知ったわ」
「魚たちに最適な環境を用意するために、きっと毎日頑張ってくれてるんだね」
ゆっくりとU字型の通路を歩きながら優雅に泳ぐ熱帯魚たちを眺めていると、こちらまで穏やかな気分になってきた。
よく自然界にいる動物と飼育される動物のどちらが幸せかという質問があるけれど、ここに住む魚とサンゴはきっと後者だと答えてくれるだろうね。
「このエリアはここまでのようですね」
「綺麗だったわ、もう一周したいくらいよ」
「では、東條さんだけどうぞ」
「置いていく作戦でしょ、見え見えよ」
「……ちっ」
「今、舌打ちしたわね?!」
「いえいえ、ボイスパーカッションですよ」
「それにしては下手すぎよ!」
「そこまで言うなら東條さんがお手本を」
「え、いや、私は……」
明らかに出来ないと言いかけている紅葉だったが、麗華から「早く」と急かされると、断り切れずにテレビで見たものを思い出しながらやってみる。
「ぶっ、ぷっ、ぱっ……」
「……」
「……」
「……何よ、笑いたければ笑いなさいよ!」
「あはは」
「笑うなぁぁぁぁ!」
「ぐふっ……」
笑えと言われたから笑ってあげたと言うのに、みぞおちにパンチを叩き込まれてしまった。理不尽にも程があるよ。
ただ、僕が文句を言えないのは、紅葉がしっかり一番ダメージの入る場所からは逸らしてくれているから。何度も殴ってるから分かってきたのかな。
「いてて……そう言えば、
「言われてみれば、タッチプールの後から見てませんね」
「ナマコが飛んできて気絶してるんじゃない?」
「さすがにそれはないでしょう。まあ、後で合流することにしましょうか」
「そうだね」
見回しても見当たらないのは気になるけれど、彼女ならナマコを全身に張りつけた変態が現れない限りは大丈夫だろう。
僕はそう心の中で頷くと、サンゴと熱帯魚たちにお別れを告げて次の個水槽エリアへと移動した。
まず目に付いたのはサンゴの構造を紹介する標本。紅葉と麗華はそれには興味を示さず、その横の水槽を興味津々に覗き込み始める。
「あ、エビがいますよ」
「本当ね。生きてるエビってあまり見た事ないかも」
「先程のレストランで
「……え?」
「ふふ、嘘です♪」
「
握りしめた拳をため息とともに下ろしながら、「まあ、考えてみれば当たり前よね」と怒りを鎮める紅葉。
僕もお高めのお寿司屋さんなんかにある水槽を思い浮かべて、ちょっと信じかけていたから嘘だと聞いて安心したよ。
「あちらに可愛い魚がいますよ、行きましょう!」
「ふっ、はしゃいじゃって子供みたいね」
「紅葉だってタッチプールではしゃいでたのに」
「う、うっさい!」
「僕は楽しそうにしてくれた方が嬉しいんだけどね」
「っ……」
その言葉に下唇を噛み締めた彼女は、深呼吸をしてから意を決したように頷いて、麗華の後をトコトコと追いかけて行った。
やっぱり、本当は子供っぽく楽しみたい気持ちを抑えてたんだね。察するに、先程はしゃぎすぎたことを思い返して恥ずかしくなってしまったのだろう。
「うん、楽しんでる方が可愛いよ」
仲良く水槽を覗き込みながら、ニコニコと笑っている2人の横顔を見て、僕は改めてそう強く思うのであった。
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