第357話

「あ、暑い……」

「手は離すんじゃないぞ」

「あの、暑いです……」

「俺は毎日この熱さを乗り越えてる、踏ん張れ!」

「そっちの熱さじゃなくて……」


 風鈴作りを開始してから10分程が経過した。今は熱して柔らかくなったガラスに息を吹き込んで、少しずつ膨らませて風鈴の形を作っているところだ。

 それは手伝ってもらえているおかげで厳しくはないのだけれど、問題はその手伝ってくれている人自体にある。


「あの、もう少し離れてもらっても……」

「安全第一、そのお願いは聞けないな」

「……わかりました」


 暁良あきらさんはかなりガタイがいい。こんな重い道具を一人で扱うのだから、それなりの筋肉が体のあらゆるところについている。

 もしそんな男が背後から体を密着させた状態で、手取り足取り教えてくれたとしたら、僕のような貧弱な男はどうなるだろうか。


「……」

「そうだ、筋がいいぞ。今だ、息を吹き込め!」

「うっ、はぃ……」


 太い腕と腕の間に挟まれて窮屈な思いをし、ようやく解放されたと思えば肺活量を試される。

 落ち着いて呼吸すらできないこの状況で、前方から押し寄せる釜の熱。今ほど青汁でいいから冷たいものを飲みたいと思ったことは無い。


「後はこうして形を整えて……よし、完成だ」

「終わりですか?」

「ああ、一晩かけてじっくり冷ませば風鈴として使えるぞ」

「想像するだけで涼し気な音が―――――――」


 ようやく解放されるという安心感に、思わず足の力が抜けてふらついてしまう。

 慌てて駆け寄ってきた紅葉くれはが支えようとしてくれるも、彼女に耐えきれるはずもなく二人一緒に倒れ込んでしまった。


「ごめん、紅葉」

「大丈夫よ。それにしても風鈴作りって過酷なのね」

「想像の40倍は大変だったよ」

「はっはっは! 俺たちの仕事のやりがいを感じてくれていたら嬉しいんだがな」

「そう、ですね」


 紅葉に手伝ってもらって立ち上がった僕は、イスに座ってはじめの一歩状態。

 ぼーっとしていると、疲れに任せてこのまま眠ってしまうかもしれない。もちろん永眠ではないけれど。


瑛斗えいとの様子を見たら、ねぇ?」

「私、少し怖くなってきました」

「わ、私たちもあの重圧を……」

「お、恐ろしいです……」

「それじゃあ、次はどっちが挑戦するのかな?」

「「ひっ?!」」


 暁良さんの質問を聞いて肩をビクッとさせた紅葉と麗華れいかは、顔を見合わせてからお互いにどうぞどうぞと後退りをし始める。


「白銀 麗華がやるって言ってたわよね!」

「いえいえ、東條さんにお譲りしますよ!」

「はっはっはっ! 安心しろ、女子生徒の相手はバイトに任せている。俺がやると毎年怖がられているからな」

「そうでしたか、安心しました……」

「まあ、その反応には少しは傷ついているけどな!」

「ご、ごめんなさい……」


 少し気まずい空気になりながらも、暁良さんは明日咲つぼみさんに頼んで近くの自宅で休憩しているらしいアルバイトさんを呼んできてくれる。

 数分後に到着したそのアルバイトは、大学生くらいの綺麗な女の人だった。名前を山田やまたさんというらしい。


山田やまた 希実子きみこっていいます。よろしくね!」


 話を聞いたところ、山田さんは東京出身。高校生の時に体験した風鈴作りに感銘を受け、去年大学を卒業してすぐにここへ弟子入りを頼みに来たそうだ。

 ただ、暁良さんは弟子を取っていないため、他を当るようにと言ってみたものの、暁良さんだからこそ頼むんだと代わりにアルバイトにしてもらったんだとか。


「あと、やまだって呼んだら怒るからね? やまた、濁点はナシだから!」

「わかりました、山田さん」

「ウンウン、素直な子達で良かった!」


 山田さんは麗華に手招きをすると、「そっちの子から始めちゃおう」と暁良さんが準備してくれた道具を使って制作を開始する。

 どうやら密着して指導するというのは彼女も同じようだけれど、ムキムキなおじさんに男子高校生がされているのとはかなり違った景色が見えた。


「柔らかそうで羨ましいなぁ」

「……」

「紅葉、どうしてそんな怖い顔するの」

「ふんっ、そんなの自分の胸に聞きなさい!」

「……?」


 筋肉量の違いを口にしただけなのに、何故か紅葉はこんなにも怒っている。

 いくら考えても分からず、首を傾げたらベシベシと肩を叩かれた。訳が分からない、理不尽だよね。


「あ、柔らかいって胸のことじゃ――――――」


 その後、強めのがもう一発みぞおちに飛び込んできたことは言うまでもない。

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