第356話

 紅葉くれは麗華れいかが復活した後、僕たちは工房ではなく店の中へと案内された。

 いきなり風鈴作りに入るのではなく、ここでどのようなものが作られているのかを見せてもらえるらしい。


「これ、全部暁良あきらさんが?」

「その通り! すごいだろ?」

「本当にすごいです」


 隅に置いてあるひとつだけですら、目を引くほどの魅力を持っていると言うのに、細かな色の違いや変わった形などまである。

 その中から選んだコップを手に持ってみれば、ボコボコとした表面がしっかり手のひらに馴染んで、すごく持ちやすく感じられた。


「他にもザラザラしたやつもある。そういうのは、握る力が弱い人でも手から滑り落ちないように作ったんだ」

「考えられてるんですね」

「昔はコップはツルツルしたものを作れる方が才能があると思ってたさ。でも、時代と共に変わらなきゃこういう仕事は生きていけないからな」

「きっと売れますよ。こういうものを必要としている人に伝われば」

「……ああ、そうだといいんだがな」


 少し悲しそうな顔をした暁良さんは、頭を振ってからにっこりと笑うと、窓際に提げられている風鈴を指差す。


「君たちが作るのはあれだよ」

「綺麗な青ですね」

「どうやって色をつけているのかしら」

東條とうじょうさん、知らないんですか? これは一般常識ですよ」

「し、知ってるわよ! えっと、ガラス専用の絵の具みたいなのがあって……」


 紅葉の答えを聞いて、麗華だけでなく暁良さんまでも笑いだしてしまう。

 暁良さんは赤くなる彼女に謝りながら、「色ガラスを周りに貼り付けて一緒に溶かしているんだよ」と答えを教えてくれた。


「どんな柄にしたいかを想定したものを並べてくれれば、それを熱したガラスで絡めとってそのまま表面に写すことができる」

「なるほど」

「思った通りの柄を出すのは簡単じゃないが、俺たちも手伝うから危険はない。安心してくれ」

「どんなものでも作れるのかしら」

「ああ、ガラスの具合によって多少は歪むかもしれないがな」


 暁良さんは嬉しそうに微笑むと、「どんな風鈴が作りたいか、向こうで考えてくれるかな」とカウンターの向こうから色ガラスの入ったケースを持ってきてくれる。


「工房に台がある。そこに白く四角い線が書いてあるんだ。その中に色ガラス並べてくれ」


 暁良さんはそう言うと、店から出て工房の方へと移動する。僕たちが考えている間、釜の準備をしてくれるらしい。


「お父さんにプレゼントしたいので、私は青を基調としたものにしましょうかね」

「私は赤にするわ。お姉ちゃんも赤が好きだもの」

「僕は黄色かな。奈々ななが喜んでくれると思う」


 それぞれ自分が作るものを口にしつつ、言われた通り長方形の中に色ガラスを並べていく。

 分かりにくい人に説明するなら、細長い紙に絵を書いて輪っかにする感じだろうね。ガラス片だから絵なんて細かいものは無理だろうけど。


「よし、出来た」

「私もよ」

「こちらも完成です」


 十数分後、お互いに完成した色付け予想図を確認し合って、3人でお互いに微笑み合う。

 僕は小さなバナナを沢山描いた。黄色を使ったいい柄というのがあまり思いつかなかったから、せめて可愛らしいものにしようと思ったのだ。

 ちなみに、黄色以外に敷き詰められている白いガラスは形を崩れないようにするもので、焼くと無色になって見えなくなる。


「私は赤色で炎を表現したわ」

「風鈴なのに涼しくならなそうですね」

「べ、別にいいのよ。気持ちを込めたんだもの!」

「ふふ、お姉さんもきっと喜んでくれますよ」

「……そう、よね。えへへ♪」


 やけに優しい言葉をかけている麗華はというと、全体に薄い青を敷き詰めて、所々に丸く赤や緑、黄色を入れている。

 見たところ水玉模様を作るらしい。風鈴にピッタリで涼し気な色合いだね。


「よし、釜の準備が出来た。誰からやってみる?」


 暁良さんの言葉に、3人で顔を見合わせてから「僕が行きます」と手を上げる。

 一番手というのは少し行きずらいところだから、担ってあげた方が後が楽だろうし。


「そう言えばまだ名前を聞いていなかったね」

狭間はざま 瑛斗えいとです」

「瑛斗君か。それじゃあ、吹きガラス体験を始めようじゃないか」


 満面の笑みで道具である棒を握る暁良さん。この時、僕はまだ知らなかった。風鈴作り体験がこんなにも過酷なものであるということを。

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