第355話

 カーナビ通りに走ること20分弱。瑠海るうなさんにお礼を伝えてから車を降りた僕は、階段を上った先にある白い小屋を見つけた。


「ここがガラス工房?」

「そうですね。ほら、窓の近くに風鈴がありますよ」

「本当だ。間違いないね」


 ここでは琉球ガラスというホットワーク作業、つまり熱して柔らかくなったガラスの加工を体験出来る場所である。

 スマホで調べた時には、綺麗な色合いや美しい形ばかりが並んでいて、是非ともお土産に持って帰りたいと胸が踊った。


「お邪魔します」

春愁しゅんしゅう学園から来たものなのですが……」

「誰もいないみたいね」


 工房を覗いて見たものの、人の姿はどこにも見当たらない。予約した時間には遅れていないはずだから、無人ということは無いはずなんだけど。

 そう思いながら首を傾げた矢先、背後から足音と共に「なんだぁ、てめぇ」と威圧するような声が飛んできた。


「俺の工房に勝手に入ったら許さねぇぞ?」


 恐る恐る振り向いてみれば、いかにも火の傍で仕事をしていそうなガタイのいい男性と目が合う。

 思わず後ずさりしてしまいそうにもなるけれど、ここはグッと踏ん張って怪しいものでは無いことを伝えよう。


「この時間から予約してた者です」

「……ああ、修学旅行生か」

「そうなんです! 私たち、早く綺麗なガラス細工を作りたいなってワクワクしていまして……」

「そ、そうよそうよ! ぜひお姉ちゃんにプレゼントしないなって話して―――――――――」

「ガラスの加工はそう甘いもんじゃねぇぞ!」

「「ひぃっ?!」」


 男性の大きな声に、手を取り合って悲鳴をあげる紅葉くれは麗華れいか

 ちなみに、僕はびっくりしすぎて声が出なかっただけだから、心が鋼鉄とかではないから勘違いしないでね。


「最近の若いのは分かってない。誰でも綺麗なガラス細工を作れるなら、俺たちの仕事はとうに無くなってるだろ」

「そ、その通りでございますぅ……」

「ごもっともですぅ……」

「じゃあ、どうして修学旅行生のために工房を準備しているのか。それはお前たちに文化を知って欲しいからだ」

「ありがたい限りですぅ……」

「嬉しいですぅ……」


 満足げに話す男性に対して、ヘコヘコとお辞儀を繰り返している2人を心の隅に留めつつ、僕はふと視界に入った女性に目を向けた。

 年齢は僕の母親くらいだろうか。察するに男性の奥さんかもしれない。しかし、彼女の右手には何故かガラス製の一升瓶が握られているではないか。


「炎の中でも感じられるほどの熱い情熱を込めることで、ガラスに命が宿るんだ」

「あの、すみません」

「今いいところだ。えっと、どこまで話したか?」

「後ろ、気にした方がいいですよ」

「いいから黙ってろ。そうだ、ガラスは―――――」


 僕の言葉を無視して話を続行しようとした瞬間、真後ろまで歩み寄っていた女性が、一升瓶を振り下ろして男性の頭を殴った。

 ある程度の重さのある凶器だ。彼は衝撃でピタッと動きも言葉まで求めると、ゆっくりと振り返りながら後頭部を押える。


「ち、血が……」

「ふふふ」

「…………出てない」

「ドッキリ大成功♪」


 女性が口でそれらしい効果音を付けると、男性は先程までと打って変わって、「もぅ、またやられちゃったなぁ♪」と満面の笑みを見せた。

 一体どういうことかと困惑してしまうが、砕けて足元に散らばった一升瓶だったものを見てみれば、コンクリートの熱で少し柔らかくなっている。


「いきなり驚かせてごめんなさいね? 修学旅行生が来たら、毎回これをやってるのよ」

「そ、そうなんですね……」

「あ、安心して! ガラスじゃなくて飴だから。MyTuberが使ってたやつ」

「いや、ガラス工房では絶対にやっちゃいけないドッキリですよね」

「ふふ、ガラス工房だからこそやるのよ♪」


 聞いたところ、男性もとい暁良あきらさんの先程の面倒くさそうな長話は、全て修学旅行生にドッキリをするための演技らしい。

 女性もとい明日咲つぼみさんは暁良さんの奥さんで、見てわかる通りすごくお茶目な人なんだとか。


「改めて伝えよう。俺たちのガラス工房にようこそ」

「ようこそー♪」


 とても仲の良さそうな二人を見ていると微笑ましいが、とりあえず初顔合わせからの即ドッキリだけは勘弁して欲しい。

 紅葉も麗華も暁良さんが殴られた瞬間から、ずっと立ったまま気絶してるからね。

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