第354話

「待たせてごめんね、瑠海るうなさん」

「いえ、構いませんよ」


 僕たちがタクシー代わりの車に乗り込むと、運転手を務めてくれる瑠海さんは軽く会釈をしながらスマホをポケットに仕舞う。

 チラッと見えた画面には子猫が映っていたから、きっと暇つぶしに動画でも見てたんだね。猫派なのかな、気が合いそうだ。


「お嬢様、まずはどちらに向かいましょう」

「風鈴作りからお願いします」

「かしこまりました。シートベルトはしっかりと着用してくださいね」

「わかっていますよ、子供じゃないんですから」

「私にとってはまだ子供です」

「もう、まったく……」


 和やかな会話の最後に諦観のため息をついて、車はゆっくりと走り始める。

 ちなみに、席順は紅葉くれはが真ん中で右が麗華。初めは僕が真ん中と言われたけれど、こっちの方が体の大きさ的にも収まりがいいのだ。


「あ、今の会話で思ったんだけど」

「どうかなさいましたか?」

「聞いていいのかな」

「好物以外ならお答えできますが」

「逆にどうして好物がダメなのか気になっちゃうね」


 人間、変わったことには興味を引かれるもの。ただ、「それを知ればもう戻れませんよ」と言われたから仕方なく身を引くことにする。

 その代わり、車がホテルから離れて一般の道路に出た辺りで本来聞こうとしていたことを瑠海さんに聞いてみた。


「瑠海さんっていくつなの?」

「上から79、64……」

「何の話をしてるの」

「スリーサイズを聞かれたのでは?」

「違うよ。ていうか、細くない?」

「仕事のために体は絞っているので」

「まあ、瑠海は無駄な脂肪がないせいで、胸の成長が止まるのは早かったみたいですけどね」

「……お嬢様?」


 ミラー越しに向けられた視線に、麗華は思わず「ごめんなさい……」と謝ってしまう。

 メイドではあるものの、彼女は規格外の存在。嫌なことを言われたらハッキリと態度に出しちゃうタイプなんだね。


「えっと、瑠海さんの年齢を聞いたんだけど」

「なるほど。TSU〇AYAで堂々とアダルトビデオを買える歳ではありますよ」

「それは年齢以前にメンタルがすごいよ。車を運転してる時点で分かってたけど」

「確かにそうですね。ですが、仕事柄ゆえに年齢は伏せることになっていますので」

「ヒントだけでもダメ?」


 僕が手を合わせて頼んでみると、瑠海さんは「仕方ありませんね」と渋々OKしてくれた。

 ちなみに、見た目はすごく若く見えるし、制服もバッチリ似合ってるくらいだから、僕は大学生くらいだと予想してるよ。


「屋敷で務め始める前の3年間、自宅の地下で監禁訓練を受けた話はしましたよね」

「してたね。12年の予定を飛び級したって」

「ええ。初めてお嬢様と会った際には、まだ麗子れいこ様と3人で遊ぶような年齢でした」

「そこまで離れてないってこと?」

「ご想像におまかせします」


 言葉にはされなかったけれど、おそらく離れていたとしても5歳程度だろう。僕の予想は当たっていたらしい。

 でも、それからずっと屋敷に勤めていたということは、普通の学校に行ってないんじゃないかな。暗殺者学校には通ったみたいだけど。


「そう言えば、瑠海さんは麗華が麗子れいこと入れ替わってたことは知ってたの?」

「はい。旦那様や奥様が気付くよりも早くに」

「いつ頃?」

「事故に遭われたと聞いて駆けつけた時ですね」

「そんなすぐに?」

「癖と匂いが違いましたので」


 特殊な訓練を受けた瑠海さんには、人並外れた洞察力と嗅覚、自らの足音の響き具合から空間を把握する能力が備わっているらしい。

 簡単には信じ難いことではあるけれど、平然と言われると疑うことすら許されないような気になってしまうね。


「麗華お嬢様を救って下さった瑛斗えいと様には、一人の人間として感謝してします」

「僕は何もしてないけど」

「いえいえ。麗子お嬢様も喜んでいるはずです」

「そうだといいね」

「はい」


 しばらくの間、しんとしてしまった車内では、『どうして気付いていたのに言わなかったのか』とは聞けなかった。

 だって、言葉にされなくても伝わってくるから。瑠海さんの、『麗子の人生を歩む』という麗華の生きる意味を取り上げたくなかったという意思が。


「……暗くなってしまいましたね。せっかくの沖縄です、楽しい話をしましょう」


 彼女がそう言いながら、車内にあったDVDを再生したところ、有名なホラー番組が流れ始めて車内が混乱に陥ったことは言うまでもない。


「は、ははは早く消して……」

「紅葉、落ち着いて」

「申し訳ありません。以前にこの車を使用したメイドを締めておきますので」

「そこまでしなくていいですから」

「瑠海、もっと大音量で流して下さい」

「麗華はこれ以上紅葉を怖がらせないで」

「ふふ、仕方ありませんね♪」

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