第353話

「それでは皆さん、楽しんできてくださいね」


 綿雨わたあめ先生の言葉で、クラスメイトたちは一斉に班に分かれてタクシーに乗り込んでいく。

 今日のメインイベントは、タクシーで沖縄を観光するというものなのだ。しかし。


「……それじゃ、あなたたちからお話を聞かせてもらいましょうか」


 笑顔でみんなを見送った先生がその表情のまま振り返った先には、3人の生徒が残らされていた。紅葉くれは麗華れいか愛実あみさんである。


「あなたたちが非常階段を使ったことは分かっています。理由を教えてください」

「そ、それは……」

「なんと言いますか……」

「えっと……」

「まさか、男子部屋に行っていたわけではありませんよね?」

「「「違います!」」」

「……そうですか」


 ブンブンと首を横に振る3人は、約束通り僕とバケツくんを売りはしなかった。

 しかし、本当のことを隠すということは、その穴を埋める嘘が必要になるということ。そこが上手くいっていないらしい。


「あの、どうして私たちだと?」

白銀しろかねさん、このホテルに来た際に至る所にあるものについて説明を受けましたよね?」

「ロボットのことですか?」

「はい。非常階段の見張りをしていたロボットが、人が通ったことを感知して画像を残していたのです」

「……なるほど」


 どうやらこのホテルにあるのは使えないロボばかりでは無いらしい。

 先生は今、『彼女たちが犯人である』という決定的な証拠を握っている。しかし、動機についてはどこにも写っていないはずだ。

 だからこそ、こうして僕たちは少し離れた場所からボーッと眺めていられるのである。


「非常時以外の非常階段の使用は禁止事項です。よって皆さんを罰します」

「そ、そんな……」

「学年主任、この子達の罰はどの程度にしますか?」

「そうですね。可哀想ですが班の連帯責任で本日の観光は無しということにしましょう」

「先生、それはあまりに重すぎます!」

「あなたたちはホテル側にも迷惑をかけたのですよ。明日の活動は許すのですから、罰にしては軽い方でしょう」

「っ……何も言い返せない……」


 悔しそうに下唇を噛む紅葉と、しょんぼりと落ち込んでしまう愛実さん。自己責任だからと諦めている様子だ。

 しかし、麗華だけは違った。彼女はにんまりと口元を緩ませると、綿雨先生に向かってこういったのである。


「ご一緒出来なくて残念です」


 その一言で、状況を見ていた誰もが思い出した。先生が僕たちと同じ班に入っていたということを。

 麗華たちがタクシーに乗れないということは、つまり先生も乗れないということになる。彼女はその穴を突いたのだ。


「待ってください。私、計画立ててきたんですよ?」

「先生方が決めたことですから。まさか、先生だけ特別なんて有り得ませんよね?」

「うっ……アイスクリーム……風鈴作り……」


 綿雨先生はぽわぽわとした雰囲気を崩すと、計画していたのであろう事柄を呟きながら、頭を抱えてしゃがみこんでしまう。

 そして1分後。勢いよく立ち上がった先生はもう一度学年主任の所へ向かうと、罰をもう少し軽くしてもらう為の交渉を始めた。


「白銀 麗華、あなたやっぱり真っ黒ね」

「頭が切れると言ってください」

「ずる賢いだけでしょ」

「本当にズルいのはこの先ですけどね」


 麗華がそう言うと同時に、学年主任の怒気の込められた声が聞こえてくる。何事かと目を向けてみれば、綿雨先生が怒られているではないか。

 話を聞く限り、どうやら『担任がそんなだから生徒が悪いことをする』と責められているらしかった。


「すごく心苦しいわね」

「今は罪悪感を捨てましょう」

「耐えないとね」


 学年主任の話が『部活の顧問をいつまでやらないつもりか』に変わった辺りで、麗華は深呼吸をしてから声を掛けに行く。

 そして何やら小声で話をしてから戻ってくると、人差し指と親指でマルを作りながらにっこりと微笑んだ。


「今日の所は許して貰えました」

「一体どんな手を使ったのよ」

「学年主任の悩みの種をひとつ消す約束をしただけです。部活の顧問をさせるという悩みを……ふふ」

「そんな約束守れるのかしら」

「守れなくてもいいんです、今を凌げれば」

「……なるほど、確かにこれは腹黒の真骨頂ね」


 紅葉と麗華はそんな話をしつつ、バケツくんと愛実さんをくっつけて見送った後、僕のところへやってきて「お待たせ」と微笑む。


「永遠に待つかと思ったよ」

「ふふ、S級の頭脳を舐めないでください♪」

「人を転がすのが上手いだけでしょうが」

東條とうじょうさんも転がされたいですか?」

「遠慮して……え、遠慮するって言ってるでしょ?!」


 精神的ではなく物理的に転がされそうになり、広場を逃げ回る紅葉。そんな彼女を楽しそうに追いかける麗華。

 僕は時計を確認しつつ、予定が間に合わなくなるギリギリの時間まで、2人の微笑ましい喧嘩を眺めていたのであった。

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