第352話

 遅くまで遊んでいたからか、その日の夜はベッドに入るなりすぐに寝落ちてしまった。

 楽しんでいても体は疲れてたんだろうね。おかげで変な夢を見ちゃったよ。


瑛斗えいと、やめるにゃ!』

『瑛斗さん、許してくださいわん!』


 猫耳を生やした紅葉くれはと、犬耳を生やした麗華れいかを、怪獣と化した僕が追いかけるという夢だ。

 最終的に倒れてきた電柱に押し潰されて目が覚めたけれど、一体なんの恨みがあって逃げ惑う彼女たちを追いかけているのかはわからなかったね。


「ところで、この状況は何?」


 夢の中の回想シーンから抜け出した僕は、意識を引き戻して目の前の現実を見つめる。

 壁際に追い詰められているのは寝相のせいかもしれないが、それに加えて現在もいびきをかいているバケツくんに何故か壁ドンをされていたのだ。


「おーい、起きてよ」

「……ん? もう起床の時間か?」


 肩を叩いて起こしてみると、彼は大きなあくびをしながら目を擦る。

 そして数回瞬きをした後、目の前で向かい合っている僕の顔を見て体をビクッとさせた。


「ちょ、なんでそんな所にいるんだ?!」

「それはこっちのセリフだよ。てっきり本当に襲いに来たのかと思ったんだから」

「んなわけあるか!」

「寝相悪いなら壁際変わろうか?」

「いや、俺が一度寝たベッドにお前を寝させるのも悪いだろ」

「最終的には同じベッドだったけどね」

「確かに」


 とりあえず、意識のない内の行動を責めるつもりは無いので、時計を見ながら「そろそろ着替えないと」とベッドから起き上がる。


「念の為に言っとくけど、もし変な気起こしたら愛実あみさんに告げ口するからね」

「告げ口はなしだって約束……って、そもそも男相手にするわけないだろ!」

「じゃあ、もし僕が女装してたら?」

「それは……似合ってたし悩むかも……」

「先生に一人部屋用意して貰えるよう頼んでくるね」

「ちょ、冗談だって!」


 慌てて引き止めてくる彼の土下座に免じて、仕方なく2人部屋のままでいてあげることに。

 女装なんてする気は無いからね。とりあえずは身の危険はなさそうだし、いざとなったらデバイスの角で殴ろう。

 そう心の中で呟きながら、こめかみに学園デバイスの角を叩きつけるイメージトレーニングをしていると、突然部屋のインターホンが鳴った。


「はーい」


 声をかけて鍵を開けてみると、ドアの向こうに立っていたのは眠そうに目をこすっている綿雨わたあめ先生ではないか。

 どうやら起きたばかりらしく、化粧をした様子もなければ、髪は寝癖だらけと目も当てられない有様。一体何の用なのだろう。


「おはようございます〜♪」

「あ、おはようございます」

「よく眠れましたか?」

「それなりには」

「なら良かったです〜」


 先生は相変わらずぽわぽわと笑うと、パジャマらしき服の胸元からクシを取り出して、僕の寝癖をサッと直してくれた。

 出てきた場所を考えると悩ましくはあるけれど、せっかくしてくれたのだからと軽くお礼だけは伝えておく。


「ところで、昨晩妙な音を聞きませんでしたか?」

「妙な音ですか?」

「ええ。金属製の足場の上を歩くような音です」

「…………いえ、聞いてませんよ」

「怪しげな間がありましたよね〜?」

「ちょっと寝てました」

「やっぱり眠れませんでしたか〜?」

「寝すぎて眠いみたいな感じですよ」

「なるほど〜♪」


 綿雨先生はウンウンと頷いてから、「ご協力ありがとうございます〜」と手を振って次の部屋への聞き込みに行った。

 先程言われた『妙な音』というのは、おそらく紅葉たちがこの部屋に来たり、帰ったりした時の足音のことだろう。

 どうやら隣の部屋の生徒はその音を聞いていたらしい。これは彼女たちが捕まるのも時間の問題だね。


『万が一バレても僕たちを売らないでね』


 僕はその一文を紅葉と麗華の入っているグループに送信すると、洗面所に向かって歯磨きをするのであった。

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