第350話

 それから5周ほどして、一番進むのが遅い僕ががようやく2つ目の中間地点を通過した。

 この中間地点というのは、王道の人生ゲームで言うところのいわゆる赤い橋と同じ役割を果たしている。

 最初に通過した人が後に通過した人から、一定の金額を奪い取れるのだ。ちなみに、現在はその両方を麗華れいかが独占している。


「ふふふ、残す中間地点はあとひとつ。私が買ったも同然ですね」


 彼女はそう言いながら、自慢げに分厚いゲーム用の札束でパタパタと仰ぐ。彼女の所持金は2位の愛実あみさんの3倍もあるのだ。


「どうして毎回ジェームズの体質が発動するのよ!」

「それは私が豪運だからですよ♪」

「懐だけでなく考え方まで貧しい。ああ、すごく嘆かわしいです」

「あなたねぇ……今に見てなさいよ!」


 そう言ってルーレットを回す紅葉くれはは4位。3位にバケツくんが入り、ビリは他でもない僕自信である。

 カジノマスはゴールの手前にしかないため、他の人と違って未だに体質の発動が一度も無いのだ。


「なっ?! こんな時にどうして1なのよ!」

「私には追いつけないということですね」

「……ふっ、それはどうかしら」


 紅葉は手にしたお題カードを見てにんまりと笑うと、勝ち誇ったようにそれを麗華に見せつける。

 またもや彼女が被害者になるのかと思ったが、どうやら今回は違うらしい。


「隣の人とハグよ」

「な、なんと羨ましいものを!」

「お金で勝ってもこっちで引けなきゃ意味ないわ!」

「くっ……その通りです……」


 歯を食いしばって苦しそうに唸る麗華を満足気に見下ろした彼女は、「さあ、するわよ」と僕の方へと体を向けた。


「隣は2人いると思うんだけど」

「あら、瑛斗えいとは私が他の男とハグしてもいいって言うの?」

「そう入ってないでしょ。僕がするよ」

「初めからそう言えばいいのよ」


 紅葉は嬉しそうに微笑むと、僕の膝の上に座って背中に手を回してくる。

 こちらも同じようにして体を引き寄せると、彼女は見上げながら「寝れなくなっちゃうわね」と小声で囁いた。


「僕は結構眠いけどね」

「そういう意味じゃないわよ」

「じゃあ、どういう意味? 10文字以内で……」

「あー、色んな意味で面倒臭い! それなら分からないままでいいわよ!」

「紅葉が言い出したのに」

「……そもそも10文字じゃ言い尽くせないし」

「ごめん、聞こえなかったんだけど」

「なんでもない! ほら、早く次回して」


 結局、何も分からないまま急かされて僕はルーレットを回すことに。後で時間があったら、もう一度問い詰めてみようかな。


「4だね」


 出た数字に従ってお題カードを引き、そこに書かれている通りに事をこなす。

 今回は隣の人を撫でるだとか、名前を3回呼ぶといった簡単なものだったのでサクッと終わらせてしまった。

 そのターンは麗華も難なく3マス進み、ターンは次の愛実さんへと移る。彼女が出した数字は5、なかなかの大きさだ。


「えっと、お題は……」


 しかし、愛実さんの表情は3枚目のお題カードを引いた辺りで歪み始め、5枚全てを確認した頃には喜んでいるのか泣いているのか曖昧な顔をしていた。


「愛実、大丈夫か?」

「……うん。でも、これからが大丈夫じゃないかも」

「どういう意味だよ」

「これを見ればわかるから」


 そう言う彼女に差し出されたカードを確認したバケツくんも、同じように表情を歪ませて視線を泳がせる。

 そんなにも恐ろしいカードがまだ眠っていたのだろうか。内容は彼女たち自信が考えたはずなんだけどね。


「ゆ、友介ゆうすけ。このお題は全部私が考えたものなの」

「はぁ?! なんでそんな……」

「いつまでもあなたが奥手だからじゃない!」

「そ、それはそうだけどさ……」


 たじたじな様子のバケツくんに少し歩み寄った愛実さんは、カードを置いて彼の両手をぎゅっと握る。

 そして、真っ直ぐに目を見つめながら、「私のこと、好きだよね?」と確認するように聞いた。


「そりゃ、もちろん」

「なら、覚悟を決めて。もう1年半以上付き合ってるのに、何もしてくれないままじゃイヤなの」

「わ、わかったから。すればいいんだろ?」


 彼は後ろに傾いていた体を一度真っ直ぐに戻すと、ゆっくりと前に倒しながら愛実さんとの距離を縮めていく。


「お前ら、目瞑ってろ。見られてると出来ないだろ」

「わかった。紅葉と麗華も閉じてあげて」

「ええ、終わったら言いなさいよ」

「ごゆっくりどうぞ♪」


 僕たち3人が目を閉じたことを確認した彼は、大きな深呼吸をしてから「いくぞ?」と確認をする。

 愛実さんは返事を言葉にはしなかったが、ここまで来て拒むはずもない。2人はお題の力を借りて、ようやく一歩を踏み出したのだった。


「ねえ、友介」

「なんだよ」

「照れるね」

「……おう」

「でも、これからはもう少し積極的になってよ?」

「ああ。愛実にばっかり任せてられないもんな」

「えへへ、期待してるね」


 そんな初々しい会話を終えた2人が、「3人とも、もういいぞ」と言いかけて、バッチリ見られていたことに気付くのはもう少し後のことである。

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