第343話

 受付で受け取ったカードキーの番号を確認して、僕はバケツくんと一緒に8階にある810号室へと向かった。

 6階、7階と乗っていた人が少しずつ減っていき、ようやく自分たちの階だと降りたところで、彼が肩を回しながら短いため息をこぼす。


「それにしても、受付のお姉さんまでロボットとは驚いたな」

「そもそも、お姉さんなの?」

「名前がロボ子さんだったから一応女性の設定だろ」

「言われてみればそっか。人間もロボットみたいに性別を変えられたらいいのにね」

「おいおい、いくら2人部屋だからって変な気起こすなよ?」

「僕よりバケツくんの方が可能性ありそうだけどね」

「俺は愛実あみ一筋だ!」


 廊下のど真ん中で堂々と胸を張る彼に「へぇ」と頷きつつ、810の番号を見つけて読み取り機にカードキーをかざした。

 すると、ガチャリと鍵が開く音が聞こえ、ドアノブを捻れば少し重めの扉がゆっくりと開く。


「いざとなった時は愛実さんに電話で告げ口すればいいし、危険を感じたらそれを後ろ盾にしようかな」

「それは逆らえないな……って、どうしてお前があいつの番号を知ってるんだよ」

「だって、バケツくんが悪口を言ってたら報告してってさっき番号渡されたんだもん」

「……瑛斗えいと、男の友情って分かるよな?」

「分かるけど、僕だって愛実さんにボコボコにされたくないよ。絶対に痛いだろうし」


 その後しばらくは、「黙っていれば大丈夫」だとか「2人だけの秘密だ」などと言いくるめられ、僕は告げ口はしないという約束を結ぶのだった。


「で、落ち着いてみてみるといい部屋だな」

「そうだね。2人じゃもったいないよ」

「元々4人部屋だもんな」


 ざっと見た感じでも、高校生が泊まるにしては立派過ぎる大きなワンルームにユニットバス、オーシャンビューの大きな窓に薄型テレビまで付いている。

 ベッドが2つ余ることに関しては、そこをあまり気にすると自分たちの何かが抉られるからと、バケツくんに無視するように言われてしまった。


「これからの予定ってどうなってるんだっけ?」

「今は一応体を休めつつ、荷物の確認をする時間だな。その後、夕食のために2階に降りるんだ」

「チェックは何度もしたから大丈夫だと思うけど。もう一回だけしとこうかな」

「俺も心配だからしとくか」


 そう言って僕たちは『修学旅行のしおり』を見ながら荷物チェックをした後、それぞれどのベッドで眠るかの話し合いを始める。

 ちなみに、4つあるうちの3つがくっついて並んでおり、もう1つだけが頭の向きを変えた状態で少し離れた場所にある感じだ。


「僕はあのぼっちベッドでいいよ。バケツ君はスーパーキングベッドで寝て」

「いや、3つ使うか1つ使うかの話し合いじゃないからな? 男同士の修学旅行なんだから、隣同士のベッドで寝るもんだろ」

「え、やっぱり変なことする気?」

「男同士って言ったよな? いい加減にしないとそろそろ怒るぞ?」

「ごめんなひゃい……」


 僕は両頬を引っ張られながら謝罪の言葉を口にすると、「壁際がいいかどうかを聞いてるんだ」と呆れる彼の言葉にしばらく考え込む。


「壁際にしようかな。変に向こうが広くても困るし」

「そうか。なら俺は真ん中のベッドに寝るぞ」

「もし壁際がいいなら変わってあげるよ?」

「いや、特にこだわりはないから大丈夫だ」

「壁際の方が夜中にこっそり愛実さんへのメッセージを送りやすいと思うけど」

「別にこっそりする必要ないだろ」

「じゃあ、覗かれても平気なの?」


 バケツくんが「おう」と言いながらスマホの画面を見せてくるので、遠慮なくトーク履歴を読んでみると、確かに真顔で読めるものばかり。

 唯一目を逸らしたくなるのは、彼が愛実さんの尻に敷かれていることが分かる場面の時くらいだろう。


「なんだ、カップルっぽいやり取りが学べると思ったのに」

「カップルっぽくなくて悪かったな。俺たちはほとんど会ってる時しかそういう会話はしないんだよ」

「なるほど」

「文字での愛情表現は、あいつが苦手みたいでな。送る前に恥ずかしくて消しちゃうんだと」

「へえ、意外に乙女なんだね」

「結構女の子らしいところあるんだぞ?」


 それから集合の時間まで、僕は愛実さんの女の子っぽい一面エピソードをいくつも聞かされることになった。

 個人的には聞いていて飽きない内容ではあったのだが、所々に挟まれる彼女に対するからかいと悪口の間のような部分にヒヤリとしたり。

 夕食の際に顔を合わせた際に「何か言ってなかった?」と聞かれた時には、どっちの味方につこうか悩んじゃった程だったよ。


「……!」

「……」コクコク


 まあ、デザートのプリンで買収されちゃったから、男の友情を守ることになったけれど。

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