第342話

 海岸を出発してから1時間弱走って、僕たちの乗っているバスはホテルへと到着した。

 これが中々にお高そうなホテルなものの、綿雨わたあめ先生情報によると、高校生の修学旅行の宿泊先によく選ばれるくらいの値段なのだとか。


「ホテル内の案内やサービスが全てロボット化されたおかげで、人件費の大幅なカットが実現したそうですよ〜」


 そんな大人の事情を話しながら自動ドアを潜って建物内へと踏み込むと、売店の中へと駆け込んでいく黒ずくめの男が一人。


「ロボットだけだと防犯は大丈夫なのかという声があったそうなのですが―――――――――――」


 男はお饅頭まんじゅうの入った箱を抱えて店から飛び出してくると、僕たちのいるのとは反対方向へと体を向けた。しかし。


『防犯システム、作動』


 レジに立つロボットがビィービィー!とけたたましい音を鳴らし始めたかと思えば、男の足元の床がパカッと開いて一瞬で姿が消えてしまう。


「このように処理されてしまうので、皆さんも魔が差すことの無いようにしましょうね〜」

「「「「「…………」」」」」

「あら、返事がありませんね?」

「「「「「は、はぃ……」」」」」


 あまりに無機質な対応を見てしまったせいで、息を吸うのも忘れていたクラスメイトたちは、どこか恐ろしく見える先生の笑顔にぎこちなく頷いた。

 そんな冷え切った空気の中、先程開いた落とし穴から這い出てくる黒ずくめの男。いや、白い粉まみれなせいで白ずくめになってるけど。


「は、犯人出てきちゃったわよ?!」

「安心してください、先程のは演技ですから」

「……演技?」


 紅葉くれはがそう聞き返すと、男は帽子を取りながら「はい、その通りです」とにこやかな笑顔を見せてお辞儀をする。


「当ホテルの支配人をしています、冠城かぶらぎと申します」

「誰かの相棒をしてそうな名前ですね〜」

「ははは、よく言われます」


 先生と冠城さんは愉快そうに笑うと、「ホテルでの注意事項を配りますね」とみんなに紙を渡し始めた。


「皆さんは賢い生徒たちだと聞いているので、このホテルでの特殊なルールだけをお伝えしておきます」


 冠城さんはそう言いながら、紙の下半分を指差して「覚えるべきことは3つあります」と指を3本立てる。


「まず、男子生徒の客室は6階から11階まで、女子生徒の客室はそれより上の階となっています。異性の客室階には立ち入らないようお願いします」

「遊びに行ったりしちゃダメですからね〜?」

「次に、夜中の12時以降はエレベーターが停止します。急用で階を移動なさる場合は階段をご利用下さい」

「階段で女の子の部屋に行っちゃダメですよ〜?」

「最後になりますが、廊下にゴミを落とすことの無いようにしてください。でないと―――――――」


 冠城さんがそう言って後ろ頭をかいた瞬間、髪の中に溜まっていた白い粉が赤いカーペットの上に落ちた。

 すると、廊下の奥で何かの起動音のような音が鳴り、数十秒後にはお掃除ロボットがものすごいスピードで走ってきて彼の足に激突する。


「なっ?! 今朝修理したばかりなのに……」

『ゴミを発見、ゴミを発見』

「え、あ、ちょ……」

『オ掃除ヲ開始シマス』


 粉まみれの冠城さんを大きな掃除対象だとでも捉えたのだろうか。

 お掃除ロボットは側面から回転モップ、底面からウサギ型の足を出すと、高く飛び跳ねて彼の背中に突進。


「き、緊急停止コードは……えっと……」

『オ掃除ヲ続行シマス』

「た、助けてぇぇぇ!」

『ゴミ、逃走。追跡モード起動』


 お掃除ロボットは無機質な音声でそう宣言すると、ウサギ型の足を仕舞った代わりにキャタピラを出し、カーペットに落ちた粉を掃除しながら走っていく。


「……まあ、皆さんは汚さないようにしましょうね」


 綿雨先生は上手くまとめたつもりでいるようだけれど、僕も紅葉も麗華れいかも、他のみんなもこの修学旅行が本当に安全なのかを疑い始めていた。


「このホテルが安い理由、分かった気がするよ」

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