第341話

「砂がヌルヌルしてるわね……」

「ふふ。空気が温かいので、これくらいの水温は気持ちがいいですね」

「そうね。体が冷やされていく感じ」

「このまま東條とうじょうさんを海に放り投げたいです」

「あなたは体の前に頭を冷やしなさい」

「冗談じゃないですか♪」


 そんなやり取りをしながら、沖縄の海を前にはしゃぐ2人。僕たちは今、砂浜に来て海に足をつけているのだ。

 綿雨わたあめ先生からは『足以外を濡らさないように』とだけ注意されているから、クラスメイトのみんなもそれを守って遊んでいる。


愛実あみ、こっち見てみろよ!」

「えー、何か魚でもいるの?」

「ほらここに……俺がいる。なんつって」

「……殺すよ?」

「ちょ、調子に乗りました……」


 バケツカップルは相変わらず仲良しな様子だ。バケツさんの方は少し怖い顔をしていたけれど、何だかんだ数秒後にはイチャイチャしてたし。


「羨ましいですね。私もこんな景色の中でイチャイチャしたかったです」

「こんな開放感のある場所でなんて、ものすごく気持ちが良さそうね」

「あら、東條さん。私は別にそこまでの行為をイチャイチャと呼んでいる訳ではありませんよ?」

「き、気持ちが良いってその意味じゃないから!」

「その意味とはどんな意味で?」

「っ……うっさい!」


 からかわれてしまった紅葉くれは麗華れいかからぷいっと目を背けると、波打ち際に立つ僕の方へと近付いて来る。


瑛斗えいとも一緒に入らないの?」

「僕はこうやって、波と一緒に前後に移動して濡れるか濡れないかのスリルを味わう遊びが好きだから」

「か、変わった楽しみ方ね……」

「そう? 遠くにいるイヴもやってるよ?」


 そんなことを言いながら、僕は200メートルほど離れた場所にいるB組の集団を指差した。

 しかし、紅葉はやれやれと言いたげにため息をつくと、「あれは怖がってるだけよ」と眉を八の字にする。


「あ、そっか。泳げないんだもんね」

「ほら、ノエルちゃんが助けに来たわ」

「手を引かれてるけど、すごい嫌がってるね」

「やっぱり浮き輪がないと入れないのかしら」

「持ってくればよかったかな」

「どうせ足しかつけられないんだし、膨らませることを考えたらかなりの手間よ」

「イヴが楽しめるなら頑張れる」

「私のためには?」

「紅葉は泳げるでしょ」

「そういうことじゃないのよね……」


 深いため息をついた彼女は「まあいいわ」と呟くと、海水で足の砂を落としてからこちらに向かって両手を伸ばした。


「抱っこ?」

「違うわよ! そこのタオルを取ってって意味!」

「言ってくれないと分からないよ」

「それは悪かったけど、抱っこは無いわ」

「じゃあ、しなくてもいいの?」


 僕の質問に紅葉は「必要ないわ」と言いながら、片足ずつ拭いて海から上がってくる。

 しかし、水から出たところでそこには乾いた砂があるからこその砂浜なわけで、少し離れた場所に置いてある靴を取りに行けば、必然的に砂がついてしまうのだ。


「もう一回聞くね。抱っこは要らないの?」

「…………いる」

「素直になれて偉いね」

「馬鹿にしないでもらえる?!」

「純粋に褒めてるんだよ」


 結局、僕は紅葉を抱えて両足を拭き、運んで靴を履かせるというところまで手伝うことになった。

 幸いにも彼女が軽いおかげで問題はなかったけれど、唯一問題箇所を上げるとすれば―――――。


「る、瑠海さん、どうしてくっついてくるのですか」

「お嬢様がイチャイチャしたいと言うので、身を呈してイチャイチャしているのです」

「瑛斗さんとイチャイチャしたいのですよ! 誰でもいい訳ではありませんから!」

「ですが、瑛斗様は東條様とイチャイチャしておりますので」

「くっ……瑠海さん、今すぐ離しなさい! 東條さんを止めなくてはなりません!」

「私がこうしていたいのでお断りします」

「あまりに身勝手過ぎません?!」


 僕たちが引っ付くのを阻止しようとする麗華に、さらに瑠海さんが引っ付いたせいで行動を起こせず、ずっと麗華が悔しそうに見つめてきていることかな。


「後で構ってあげた方が良さそうだね」


 何とか瑠海さんを振り切って嬉しそうにこちらに走ってきたのに、直前で「自由時間終了ですよ〜」と声をかけられてしまったのだから。

 あんな今にも泣きそうな顔を見せられたら、放っておけるはずがないもんね。


「瑛斗さんと……イチャイチャ……」

「麗華、大丈夫?」

「全く大丈夫じゃないですよ!」

「僕にできることなら手を貸すけど」

「じゃあ、唇を貸し―――――――」


 思ったよりも元気そうだったから、思わず無視してバスに戻っちゃったよ。

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