第340話

「えっと、瑠海るうなさんにしようかな」


 僕が出した答えは、『2人とも選ばない』というもの。それなら両方に文句はないだろうし、あったとしても平等には変わりない。

 だからこそ、いつの間にか済ました顔で近くの席に座っていた彼女を選んだのだ。なぜうちの学校の制服なのかは聞かないでおこう。


「私でございますか」

「これも麗華れいかのためだから」

「そうですね。争いによって怪我をする危険がありますので、私も賛同致します」

「瑠海?!」

「お嬢様のためを想ってのことなのです」

「なら、場所を譲ってください!」

「ダメです」


 瑠海さんはそう言いながら僕を窓側に座らせると、その隣に腰を下ろしてました顔をした。

 そもそも、どうして彼女がこのバスに乗れたのかという疑問はあるけれど、ブツブツと文句を言っている2人との間の壁になってくれているから別にいいね。


瑛斗えいと様、これからどこに向かうのですか?」

「これから海に行って浅瀬で生き物を見るんです。その後、ホテルに向かって自由時間ですね」

「初日は沖縄に慣れるのが目的なんですか?」

「そうみたいです。場所が変わることで体調を崩す人もいますからね」


 彼女はなるほどと頷きつつ、「敬語じゃなくてもいいですよ」と言ってくれるので、「わかったよ、瑠海さん」とフレンドリーな言葉遣いに変えておく。


「瑠海さんは沖縄に来るの初めて?」

「いえ、3人ほど」

「ん? 3回じゃなくて3人なの?」

「……3回と言いましたよ?」

「聞き間違いだったのかな」

「ええ、そうでしょう」


 真顔のまま「ふふふ」と笑う瑠海さんに、僕は嫌な予感を覚えて話を前に進ませる。

 ここで深入りしたりすれば、彼女の靴裏に収納されたポケットナイフが飛び出してきそうだったから。


「安心してください、到着すれば私は陰に隠れて見守るので」

「別に瑠海さんなら近くにいてもいいよ」

「それは私を口説いているのですか?」

「そんなつもりはないんだけど」

「お嬢様が想いを寄せる方とメイドの禁断の恋。これは一冊本が出せちゃいますね」

「は、はぁ……」


 聞いたところによると、瑠海さんは裏の仕事に関して優秀な反面、普段は乙女ゲームなどを好む傾向があるそうだ。

 仕事内容に関しては秘密らしいけれど、僕にはほぼバレてるようなものだからね。確かにそういうことに対する反動はあるのかもしれない。


「最近は『キャルキャルいちごすふれ』という少女漫画がオススメです」

「どんなお話なの?」

「親に反抗してギャルになろうとするも、ギャルになりきれない2人の女の子がケーキ屋さんになるというストーリーです」

「へえ、面白そうだね」

「ぜひとも読んでいただきたいです」

「今度借りてもいい?」

「御屋敷に来ていただければ」


 僕が「わかった、行かせてもらうね」と言うと、何やら彼女は麗華に向かって親指を立てた。

 それに対して麗華もガッツポーズをしている辺り、何かしらの策にハマってしまったらしい。まあ、命に関わらないならいくらでもハマろう。


「他にもオススメがありまして――――――」


 お嬢様のための策略が成功し、役目を終えた瑠海さんは何かのリミッターを外すと、それからは色々なアニメやら漫画の布教活動をされた。

 淡々としてる上に早口だから、ほとんど何を言っているのか分からなかったけれど、とりあえず相槌だけでやり過ごしたよ。


「皆さん、そろそろ海が見えますよ〜♪」


 綿雨わたあめ先生の言葉の直後、パッと開けた瞬間に広大な蒼が見えたおかげで、オタクモードからは開放された。

 その代わり、海だ海だと大はしゃぎする紅葉と麗華が飛びついてきて、先生にものすごく怒られちゃったけどね。

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