第339話

 青い空、白い雲、大きな窓から差し込む温かな日光。冬でありながら半袖でも心地よいくらいのこの陽気は、まさに南の島に来たという実感を強く与えてくれた。


瑛斗えいと、ついに来ちまったな」

「バケツくん、いつの間に背後にいたの」

「そこそこ前から居たんだけどな」

「気付かなくてごめん」

「謝られると余計に刺さるからやめてくれ」


 そんな会話をしながら、続々と飛行機から出てくる同級生たちを眺めていると、麗華れいかを支える紅葉くれはとバケツさんが姿を見せる。

 酔い疲れている麗華を助ける役は任せて、僕は2人のスーツケースを取りに行く役を引き受けたのだ。まさかバケツさんまで助けてくれるとはね。


白銀しろかね 麗華れいか、2人がかりでも重いわね」

「思いって言わないでください……」

「あー、重かった重かった」

「……瑠海るうな

「はい、お嬢様」


 名前と視線だけで要求を読み取った瑠海さんは、素早い動きで自動販売機の水を買って麗華に渡すと、すぐに紅葉を抱えあげてお尻をペチンと叩いた。


「いっ……ほ、本当に痛いのだけど?!」

「お嬢様を傷付けるものは許しません」

「もうしないから降ろして!」

「ダメです」


 その後、紅葉は6発ほどペンペンされ、叩かれたことよりもクラスメイトたちにその様子を見られた恥ずかしさでしゅんとしてしまう。


東條とうじょう様、反省なさいましたか?」

「ふん、したことにしておくわ」

「どうやらまだ足りていないようで―――――」

「し、したから! もう許して……」


 紅葉が目を潤ませながら僕の背中に隠れたところで、麗華も慈悲で「もう十分です」と瑠海さんを引き下げてくれた。


「それにしても、飛行機は危険な乗り物ですね」

「そう思ってるのは白銀 麗華だけだと思うわよ」

「むしろ酔わない皆さんの方がおかしいです」

「自己肯定感の塊みたいな根性してるわね」

「世界は私を中心に回っていますから♪」

「……ええ、そうね」


 ツッコミを入れるのが面倒になったのか、彼女は適当に頷いて話を終わらせる。

 それから綿雨わたあめ先生の「点呼しますよ〜」の声に反応すると、僕の腕を引いてクラスメイトたちの集まっている場所へと移動した。


「ここからはバスで移動します。積んでいた大きな荷物はしっかり受け取りましたね?」

「あっ、私持ってきてない!」

愛実あみのは俺が取ってきておいたぜ」

「さすが私のダーリン♪」

「褒めても何も出ないぞ?」

「手は出していいんだけどなぁ?」

「そ、それは……まあ……」


 イチャついた末に下の話になると言葉を濁し始めるバケツくんに、苛立ちを含んでいたクラスメイトたちの視線が散っていく。

 まあ、バケツさんの威圧的な目だけは変わらずだったけどね。


「ねえ、いつまで消極的なの?」

「今はそんな話要らないだろ」

「ずっと我慢してたの、今だからじゃないし!」

「そんなに怒るなよ!」

「……ふんっ」

「……ふんっ」


 なかなかに険悪なムードの2人に、すぐそばに居る僕まで背筋が伸びてしまう。

 まあ、その十数分後のバスに乗り込む瞬間には、相変わらずイチャイチャし始めてたけれど。


「恋人ってみんなあんななのかな」

「喧嘩して別れるタイプと、意外としつこく生き残るタイプとがいますね」

「喧嘩しないタイプはいないの?」

「そんなの、どちらかが我慢してるだけよ」

「なるほどね」


 麗華も紅葉も説得力のある説明だ。2人とも恋愛に詳しくはないはずなんだけどね、女の子って時々不思議だ。


「そんなことより決めなきゃいけないことがあるわ」

「決めなきゃいけないこと?」

「そうですね、とても大事なことです」


 バスに乗り込みながらそう言った2人は、飛行機と違って2人までしか並んで座れない仕組みのバスでは、争いが起きてしまうのである。


「瑛斗、どっちと座りたい?」

「好きな方を選んでくださいね」

「迷ったら私を選んでもいいわよ」

「迷わなくても東條さんなんて選ばないですよね」

「どういう意味よ!」

「眼中に無いということです♪」


 バチバチと火花を散らしながらも、狭い場所で暴れるようなことはせず、全ての選択権を僕に委ねてくる2人。

 そんな期待を込められた眼差しを受け、悩んだ末に導き出した答えは――――――――――。

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