第337話

 僕は今、集合場所である空港に来ている。行事ではあるものの私服でいいということで、紅葉くれはに「悪くないわね」と言われたラフな格好で来た。

 でも、目的地は沖縄だからね。今は少しばかり寒くても、飛行機に乗ってしまえば向こうでは過ごしやすいはずだよ。


「おふたりとも、お早いですね」


 そこへ麗華れいかもやってきて、荷物を持ってくれていたメイドさんにお礼を伝えてからこちらへと近付いて来る。


東條とうじょうさん、昨晩は眠れましたか?」

「どうしてそんなこと聞くのよ」

「楽しみすぎて寝不足かと」

「そんな子供じゃないわよ!」

「あれ、でも夜中に『寝れない』って――――――」

「わー! それより先生に来たって報告しないと!」

「ふふ、本当にわかりやすい人ですね」


 僕の言葉を遮った紅葉は、わざとらしく「はやくはやく!」と急かしながら綿雨わたあめ先生の方へと歩いていく。

 その背中を追いかける麗華はクスクスと笑った後、チラッとこちらを見上げてきた。


「実は、私も眠れませんでした♪」

「へえ、意外だね」

「飛行機では眠ってしまうかもしれませんが、だからってキスしてはいけませんよ?」

「大丈夫、しないよ」

瑛斗えいとさん、ダメはしてもいいって意味なんですけど……」

「遠慮しとこうかな、周りに人もいるだろうし」

「では、あちらの柱の影に行きましょうか」


 ニコニコしながらかなり強い力で僕を引っ張る彼女。抵抗しようにも引きずられてしまうため、助けを求めようと周りを見回す。

 すると、こちらの救援要請に気が付いてくれた紅葉が駆け寄ってきて、反対側からグイグイと引っ張り始めた。


「東條さん、邪魔しないでください!」

「そっちこそ独り占めなんてずるいわよ!」

「痛い、腕取れちゃう」


 こんな場所で喧嘩されては周りに迷惑をかけることになる。僕はそう判断すると、出せるだけの力で彼女たちを振り払って2人の口を塞いだ。


「喧嘩はやめて」

「……」

「……」

「うん、よろしい」


 大人しくなったのを確認してそっと手を離した3秒後、彼女らは再度掴み合いの喧嘩を始めてしまう。

 こうなったらもう手に負えないので、先生を呼びに行こうかと思った矢先、どこからともなく走り込んできた人影が2人を引き離した。


「お嬢様、みっともない行為はお止め下さい」


 そう口にした彼女はメイドさん。しかし、麗華の荷物運びをしてくれていた人とは別の人だ。ただ、僕もかなり印象的だったから覚えている。


102トウフさん、どうしてここに?」

「お嬢様の護衛任務を奪い取りました」

「奪い取った?」

「はい。私も沖縄に行きたかったので、旦那様を脅して遂行権を頂いたのです」

「……そうなんですね」


 やっぱりメイド機動隊の3人のやることは、とてもじゃないが常識で計っていいものではなさそうだね。


「あと、修学旅行中の私は有給を貰っています。お嬢様のことは好きなので個人的に護衛はしますが、メイド業務は致しませんので」

「色々と矛盾してませんか?」

「いえいえ。ただ、自分のしたくないことはしない期間というだけです。メイドでは無いので102トウフとは呼ばないでくださいね」

「ならどう呼べば……」

「『そこの豚』とでも呼んでいただければ」

「おそらく二度と顔を合わせることは無いですね」


 さすがにそんな酷いことは言えないと断ると、102トウフさんは「小学生の時のあだ名なんです。あなたはいい人ですね」と何故か褒められた。


「では、ナックルスティンガーと……」

「それはいつのあだ名ですか」

「暗殺者学校2年生の時です」

「随分と物騒な学校ですね」

「冗談です。私は実家の地下に3年間監禁訓練を受けて才能を開花させましたから」

「よく平然と言えますね」

「普通は12年監禁のところを飛び級しましたので」


 12年も閉じ込められていたら、きっと太陽の色も忘れてしまうだろうね。

 今のが本気なのか冗談なのかは分からないけれど、とにかく102トウフさんと同じメイド一族に生まれなくてよかった。


「それで、結局どう呼べばいいんですか」

「では、瑠海るうなと」

「その由来も聞いた方がいいですかね?」

「これは本名ですよ。久しぶりに呼ばれたくて」

「……分かりました、瑠海さん」


 彼女の淡々とした表情に、ほんの少しだけ花が咲いたように見えた。気の所為かもしれないけどね。

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