第335話

 あれから気だるい月曜日を越え、火曜日も乗りきった後の水曜日に迎えた修学旅行前日。

 授業中も休み時間もクラスメイトはどこかフワフワしているが、今日ばかりはいつも怒る先生も気付かないふりだ。


「ねえ、麗華れいか

「授業中に話しかけるなんて珍しいですね?」

「なんだか集中出来なくて」

「ふふ、私もです」


 何せ明日には沖縄に行くのだから、ワクワクしてしまっても仕方が無いと思う。

 僕は遠足前日はぐっすり眠るタイプだけれど、今夜は寝付きが悪そうな予感がするよ。


「あ、タクシーで観光する時間のことなんだけど」

「どうかしましたか?」

「途中のアイス屋さんでノエルとイヴに合流したいんだよね。向こうと話はしたんだけど、麗華はそれでもいい?」

「アイス屋と言うと、風鈴作りを終えた後ですよね。予定としては最後の方ですが?」

「それまではクラスの人と回るみたい。アイス屋さんでこっちのタクシーに乗る感じかな」

「別に構いませんよ。ただ、席が足りますかね?」


 そう言われて数え直してみると、5人だから確かにひとり乗れない。本当に誰かをスーツケースに詰めて荷物として運ぶしかないのだろうか。


「では、東條とうじょうさんは歩きということで」

「それはダメだよ、足がむくんじゃう」

「そういう心配ですか?」

「膝に座らせれば大丈夫かな?」

「交通法に引っかかるかと。あと、座るなら私が座ります」

「タクシーだから頭ぶつけちゃうよ」

「なら向かい合うように座りましょう。顔が近くなってしまいますけど、キスなんて事故は滅多に起こりませんよ♪」

「……鼻息が荒くない?」

「気のせいです!」


 このままだと押し切られちゃいそうだから、急いで別の提案を脳内から探し始める。

 しかし、なかなかいい案が思い付かない。ノエルたちと一緒に回るのは難しいのかな。


「では、タクシーはやめましょうか」

「どういうこと?」

「初めからタクシーではなく、7人乗りの車で移動しておけばいいんですよ」

「その車はどこから用意するの?」

「沖縄に別荘があるので、そこに置いてある車をお父さんに頼んで使わせてもらいましょう」

「運転手は?」

「護衛にメイドが3人着いてくることになってるので、その中の一人に頼みます」

「すごいね、あのお父さん」

「『瑛斗えいとくんが娘を襲うかもしれない』とのことです。おかしなことを言いますよね」

「僕にだって理性はあるよ」

「ふふ、襲うとすれば私の方からだと言うのに♪」

「……あ、そっち?」


 麗華の言葉に少し恐怖を覚えつつ、人数問題が解決したことに関しては良かったと胸を撫で下ろした。

 本来案内してくれるはずだった運転手さんには申し訳ないけれど、彼女が後で先生を説得してくれたから問題ない。


「先生も一緒ですから問題ありませんよ〜♪」

「……あ、そうですよね」


 班のメンバーに綿雨わたあめ先生も入っていたことをすっかり忘れていたことは秘密だ。

 紅葉と麗華にとって、まずはどうやって上手く先生を撒くかが大事らしい。僕としては可哀想だからもう連れて行ってあげたいんだけどね。

 どうやらそれは許してくれないみたいだから、面倒なことにならないようにお口チャックをしておいた。


「とりあえず、自由行動になったら走って逃げましょうか」

「それがいいわね。でも、一番足が遅いのは瑛斗よ? 捕まったらどうするの」

「その時は東條さんを囮にして二人で……」

「させないわよ?」


 結局、どっちが囮をやるかという喧嘩に発展してしまい、その日のうちに意見はまとまらなかった。


「どうせなら先生も仲間に――――」

「「絶対にダメ(です)!」」

「……はぃ」


 こういう時だけは意気投合するんだから、2人は本当に仲良しなんだろうね。微笑ましいなぁ。

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