第331話

「なるほどなるほど」


 紅葉くれはの口から事情を聞いたお姉さんは、ウンウンと頷いてからグッと親指を立てて見せる。


「くーちゃんがしたいなら、お姉ちゃんはいいと思うよ♪」

「じゃあ、瑛斗えいとをお母さんに会わせても……」

「一向に構わん!」


 そう言いながら胸を張り、「その代わり、撫でさせなさーい!」と妹にじゃれつくお姉さん。

 紅葉は髪の匂いをスンスンと嗅がれて嫌がっているが、表情は満更でも無さそうだ。まあ、胸を押し当てられた時には少し落ち込んでたけど。


「なら、これで話は解決だね」

「あー、瑛斗くん。少しこっちに来てもらえる?」

「いいですけど……」


 それまで暴れていたと言うのに、ピタッと動きを止めたお姉さんは、「くーちゃんはここで待ってて」と頭を撫でてから立ち上がる。

 そして僕と一緒に廊下に出ると、後ろ手にドアを閉めながら真剣な面持ちで話し始めた。


「お母さんに会うのは問題ないと思う。けど、交際とか結婚を認めさせるのは無理だと思うよ」

「どうしてですか?」

「私たちのお父さん、くーちゃんが生まれてすぐに離婚して出ていったの。だから、お母さんは娘に結婚に失敗させないことに執着してるんだよね」

「でも、お姉さんは恋愛に失敗して―――――――」


 そう言いかけた瞬間、 僕はお姉さんに両頬をつねられてしまう。どうやら、言ってはならないことを口にしてしまったらしい。


「お姉さんの失敗の多さは、モテモテゆえだから仕方ないの。お子様には分からないかもしれないけど!」

「怒ってます?」

「お子様相手に? そんなわけないよ」

「でも、一応謝っておきます。余計なこと言ってごめんなさい、せっかく忠告してもらってるのに」

「…………分かればいいの、分かれば」


 お姉さんは許してくれたのか、僕の頭をわしゃわしゃと雑に撫でると、短くため息をついて腕をだらんと垂らした。


「もしも結婚を認めさせるなら、やっぱりしませんは通用しないと思う。お姉さんも大学で初めてできた彼氏を会わせた時は大変だったからね」

「どうなったんですか?」

「お母さんに口出しされ続けて関係悪化。必死で尽くしたけど、逆効果でさようならだったよ」

「それは恐ろしいですね」

「私と違ってくーちゃんはまだ恋の経験が浅いから。お母さんに口出しされたら、きっと簡単に潰れちゃう」


 彼女は「それだけはさせたくない……」と拳を握りしめる。そこから読み取れるのは、姉として妹を想う気持ち。

 本当にいいお姉さんを持ったんだなと微笑ましくなる反面、それだけ母親が大きな壁であることも感じられた。


「なら、どうして紅葉は紹介したいって言うんですかね? 黙っておいた方がいい気がしますけど」

「お母さんのことが大好きだからだと思う。嘘も隠し事もしたくないんだろうね」

「そういうものなんですか」

「瑛斗くんも親と離れて暮らしてるよね? 隠し事があると申し訳なくなったりしない?」

「全くないですね。そもそも、奈々がブラコンになったことすら隠してますから」

「ああ、特殊な事情があるとね……」


 お姉さんは「例外もあるか」と呟いて苦笑いすると、こほんと咳払いをしてから僕の肩に手を乗せる。


「私はくーちゃんの相手は瑛斗くんしかいないと思ってる。経験豊富なお姉さんの直感がそう言ってるから間違いないよ」

「それはありがとうございます」

「正直お母さんには内緒で話を進めて欲しいくらい。でも、あの子の気持ちを踏みにじるわけにはいかないでしょ?」

「そう、ですね」

「だから応援する。何かあれば手助けするし、くーちゃんの恋心は何があっても守る。それがお姉ちゃんの義務だもん」


 自分で言いながら照れてしまったのか、はにかむように笑って指先で頬をかくお姉さん。

 こんなにも頼もしい人がサポートしてくれるなら、どれだけ難しい母親審査でも不可能ではないと思えた。


「まあ、瑛斗くんはもう少し頼れる男になってもらわないとだけどね」

「本当の自分を偽るんですか?」

「君は知らないんだね。このご時世、偽った者から成功していくの法則を」

「なんですかそれ」


 その後、僕はお姉さんに『SNSに加工無しの女子顔はない』だとか、『5分でわかる加工見破り術』なんかを教えこまれることになった。


「本当に頼っていいのかな……」


 紅葉の件では心配になったけれど、この時代を生きていく知識は得られたような気がする。

 けれど、今は必要ないので脳内のゴミ箱に捨てておいた。必要な時にでも取り出せばいいだろう、汚れた価値観になって帰ってくるだろうけど。

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