第321話
「そういうわけで、働きに来たよ」
少し驚いたような顔をされたけれど、事情を話したら快く受け入れてくれたよ。
「あれから
「3人ならどれくらいで返せる?」
「そうですね、働きによっては2週間程度でしょう」
2週間で750万、単純計算で1日50万以上。3人で割ってもひとり15万稼いでも足りない額だ。
そこから分かることはただひとつ。それが、とんでもなく過酷な仕事をすれば、という仮定の話であるということだけだろう。
「例えばどんなことをするの?」
「基本的には掃除です。この屋敷は広いですから、数人でも重労働ですから」
「なら、僕たちもそれをやればいいのかな」
「いえ。掃除の方は手が足りていますから、お二人にはお世話係をしてもらいます」
「お世話?」
「もちろん、ここの住人のお世話です」
麗華はそう言いながら、僕たちを屋敷の奥へと案内してくれた。
彼女が前を通れば、忙しなく動いていたはずのメイドさんたちもピタリと止まって挨拶をする。教育が行き届いている証拠だね。
「そう言えば、来週は修学旅行でしたね」
「そうだったわね、忘れてたわ」
「その時まで働くのなら、向こうでも私に仕える立場ということになりますが?」
「それはイヤよ!」
「なら、
紅葉はそう言われると、僕と麗華の顔を交互に見てから「や、やるわよ……」と渋々頷いてくれた。
今回に限っては紅葉は本当の意味で部外者だし、これはお礼を弾まないといけないかもしれない。
「そういうことでしたら、お二人ともこちらに来てください。働くのなら着替えなければ行けませんからね」
にっこりと笑う麗華に「ね、東條?」と呼び捨てされると、紅葉は悔しそうな顔をしながらも怒りを堪えて大人しくついて行った。
僕は心の中で彼女に感謝しつつ、隣に並んで廊下を歩いていく。いつか爆発しないといいけれど。
「ここで待っていてください」
僕たちが案内されたのは、見覚えのある部屋……麗華自身の部屋だった。
彼女は部屋から出て何かをとって戻ってくると、僕と紅葉にそれぞれ手渡してくれる。何だろうと確認してみれば、本物のメイド服だった。
「それがここで働く者の制服です」
「どうして僕までメイドなの?」
「それは個人的な趣味です♪」
「タキシードじゃダメ?」
「それだと給料が半額になりますけど」
「女尊男卑な世界なんだね」
「メイドの方が仕事量が多いんですよ」
「……わかった、給料のためだもん」
聞いたところによると、この屋敷の働き手は男女比が1:9。麗華の父親が娘の私生活に影響が無いようにと女性を多くしたらしい。
数少ない男性の仕事と言えば、女性では運べない重い荷物を運んだり運転手を務めたりする程度。あとの時間は麗華父の話し相手をしているそうだ。
少し気の毒なようにも思えるけれど、この仕事内容だと給料が少なくても仕方ないよね。女性が主役の仕事場なのだから。
「東條、あなたには専属の教育係を手配します。廊下に出て待っていてください」
「ちょっと、
「瑛斗さんは私のお世話をしてもらうので」
「じゃあ、私は誰のお世話係なのよ」
「ふふ、今日は会わなかったみたいですね。あの子たち、東條に会いたいって興奮してるんです」
「今日はって……まさか?!」
「そのまさかです♪」
麗華が意地悪な顔をすると同時に開かれた扉から入ってきたメイドさんは、紅葉をひょいと抱えて部屋から連れ出そうとする。
お世話をする相手を察したらしい彼女は必死に抵抗するも、「主人に反抗ですか?」と言われればぐったりとしてそのまま運ばて行ってしまった。
「麗華、紅葉の相手って誰なの?」
「この家に住む可愛いあの子たちです」
「あの子たちって?」
「獰猛なトイプードルのことですよ」
「……ああ、なるほどね」
前に泊まりに来た時、紅葉がお尻を噛まれていたあのわんこ達のことである。
あれだけ攻撃性の高い犬のお世話となれば、あれだけ嫌がるのも無理はない。僕が任命されなくてよかったよ。
「紅葉のお尻が無事だといいけど」
「大丈夫です、今度は怪我をさせないように噛みなさいと躾しておきましたから」
「まずは噛まないようにするべきじゃない?」
「一応番犬なのでそうはいきませんよ」
麗華はそう言ってクスクスと笑った後、こほんと咳払いをしてから僕のことを真っ直ぐに見つめてくる。そして。
「では、ここで着替えて貰ってもいいですか?」
友達ではなくご主人様として、逆らえない前提の命令を下したのだった。
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