第322話
「では、ここで着替えて貰ってもいいですか?」
「更衣室とかはないの?」
「ありますよ。でも、ここで着替えてください」
「もしかして更衣室が遠いから?」
「いいえ。私が着替えを見ていたいからです」
ちょっと何言ってるか分からない状態である。自分の着替えなんて見て何が楽しいのかも分からないし、ましてや今からメイド服を着ると言うのに。
僕はそこまで考えて、「いやいや」と首を横に振った。きっとこれはメイドとして主人に仕えられるかどうかを試すテストなのだ。
「わかった」
「ふふ、偉いですね」
頭を撫でるジェスチャーをしながら、近くのイスに腰を下ろして足を組む麗華。
彼女の視線がじっとこちらを見つめてきているが、そんなことは気にしないようにしながら、さっさと袋から取り出したメイド服に着替えてしまった。
「麗華、どうかな」
「似合っていますね。ですか、ひとつ足りないものがあります」
「足りないものって?」
人差し指を立てて見せる様子にそう聞き返すと、彼女はにんまりと笑いながらその指をこちらに向ける。そして。
「お嬢様、ですよね?」
「そう呼ばなきゃダメ?」
「減額されてもいいのなら断っても構いませんが」
「……わかったよ、呼ぶから」
その条件を出されてしまえば、抵抗なんてできるはずがない。お隣さんとは言え、
「お嬢様」
「っ……なかなかいいですね」
「何か仕事はないの? 働かないと給料貰えないよ」
「
「トイレは?」
「ご一緒します♪」
「それだけは勘弁してよ」
ここばかりは譲れないと粘った結果、トイレの時は扉の外で待っているということに落ち着いた。
それでも外に人がいるとゆっくり用を足せないよね。あの感覚、僕はあんまり好きじゃないや。
「そう言えば、音鳴さんはどこで働いてるの?」
「今日は厨房の掃除をしてると思いますよ」
「手伝いに来たことを伝えたいんだけど」
「……それは、会いに行くという意味ですか?」
「そうじゃないと話せないからね」
「いえ、私から後で
「そう? じゃあお願いするよ」
何だか一瞬だけ麗華の表情に焦りが見えたような気がするけれど、今はもうそんなことはないから気のせいだったのかもしれない。
まあ、麗華が音鳴さんを雇ったのは僕と離れさせるためだったし、合わせるのをよく思わない気持ちはあるんだろうね。
「そんなことより、瑛斗さんに仕事を頼みます」
「どんな仕事?」
「実は音鳴さんの失敗を隠すために、自ら重い壺を移動させたので腰が痛くて」
「マッサージしようか?」
「ふふ、お願いします♪」
彼女はそう言って微笑みながら、キングサイズのベッドの上まで移動すると、うつ伏せで寝転んで「どうぞ」と手招きをする。
僕もベッドの上に登ると、麗華のすぐ横に正座して腰の上に手を置いて軽く押してみた。
「あ、確かに疲れてるのが分かるね」
「もう少し強く押してもらえますか?」
「こんな感じ?」
「そうです。ああ、気持ちいいです……」
押す度に小さく「んっ」だとか「あっ」だとかが漏れているのは少し悩ましいけれど、心底幸せそうに
「瑛斗さん、もう少し強いのが欲しいですね」
「結構強めに押してけど」
「では、上に乗ってもらえますか?」
「え、人を足で踏む趣味なんて僕にはないよ」
「乗るといっても、直立という意味じゃありませんからね? 私の腰の上に座って貰うだけです」
「わかってるよ、ちょっと言ってみたかっただけ」
何だか曖昧な表情をされてしまったから、さっさと言われた通り腰の上に跨って腰を下ろした。
筋肉に縁が無いとはいえ、僕の体もそこそこ重いとは思うんだけど、麗華が潰れてしまったりしないだろうか。そんな心配もしたけれど―――――。
「んん、瑛斗さんに押さえつけられる感覚……すごくいいです……もっと全身でのしかかってもいいんですよ?」
――――――まあ、元気そうでよかったかな。
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