第317話

「よし、これで全部買えたな」

「そうだね」


 僕とバケツくんは、最後のお店で会計を済ませた後、少し近くのベンチで足を休めることにした。


「我ながらなかなかいいセンスしてると思うんだよな。修学旅行じゃモテちゃうかもな!」

「バケツさん……じゃなくて、愛実あみさんが不機嫌になっちゃうよ?」

「そしたら言ってやるさ。『俺にはお前しか見えてないぜ』ってな」

「いつからみんな透明人間になったの?」

「そういう意味の『見えてない』じゃないわ」


 そんな在り来りな話に笑った後、僕は「恋愛の先輩として聞きたいことがあるんだけど」と別の話を振ってみる。


「僕には恋愛感情が分からないんだけど、どうすれば分かるのかな」

「恋愛つったら、自然とわかるようになるもんだろ? 答えなんてどの本探しても載ってねぇよ」

「その自然が訪れない限り、僕は誰とも付き合えないんだけど」

「なら、この子かもしれないって一番思う相手に手を出してみたらどうだ? 案外、そういうのがきっかけで芽生えるかもな」

「すごく最低なこと言ってる自覚ある?」

「どうしようもなくなった時の話だよ。お前が知らなくても生きていけるってなら、別に無理して知ることは無いだろ」


 軽い感じでそう言ってのける彼からは、何だか説得力のようなものを感じた。さすがは恋愛の先輩だ。


「バケツくんはそういうやり方で恋愛を知ったの?」

「んなわけあるか。そもそも俺とあいつはそういうの……まだだしな?」

「へえ、意外かも。てっきりもう済んだのかと」

「だ、だって怖くねぇか? 好きなやつに痛い思いさせるんだぞ? 責任取れるか不安だろ?」

「バケツくんって意外と真面目なんだね」

「だってそうだろ?!」


 やけに慌てた様子でそう口にする彼に、僕はなんだか親近感が湧いてくる。

 確かにいざと言う時になったら、僕だって同じ気持ちになるかもしれないよね。相手に対する責任の重さに、腰が引けてしまうかもしれないし。


「でもさ、最近心配なんだよな。俺がそういうことから逃げてるせいで、愛実の気持ちが冷めてきてるんじゃないかって」

「そんなことないと思うけど」

「だって、前に浮気をどう思うかって話になった時なんて、『あなたが浮気出来る顔だと思う?』って言われたんだぞ?」

「それは確かに傷つくね」

「だろ?」


 バケツくんは「確かにモテるような顔じゃねぇけどさ……」と呟くと、深いため息をつきながら俯いてしまった。

 相談していたはずが、いつの間にか相談される側になっている気がしないでもないけれど、部屋に誘ってくれたことに免じてそこは言わないでおこう。


「不満なら本人に伝えてみたら?」

「出来るわけないだろ。こんなこと言ったら、関係にヒビが入るかも知れないし」

「そんなことを気にしてる時点でおかしいよ」

「どういう意味だ?」

「悩んでることがあるなら話し合えるのが恋人じゃないの? 我慢しなきゃいけないなんて変だよ」

「そう言われても、何でもかんでも言えばいいってわけじゃないんだよ」

「なら、バケツくんはずっと我慢するんだ?」

「っ……」


 彼は僕の言葉に目を丸くすると、しばらく考え込んでから「そうだよな……」とベンチから立ち上がる。


「俺、愛実の気持ちを聞いてみるよ。それでもし冷めきってるなら、あいつのためにもきっぱり諦める」

「もしまた顔のことを言われたら?」

「『お前もだろ!』って言ってやるよ!」

「いいね、その調子で本番いってみようか」

「…………ん?」


 僕の視線の向きに違和感を感じたバケツくんは、それを追うようにくるりと後ろを振り返った。

 すると、いつの間にか背後に歩み寄っていた愛実さんと目が合い、瞬後には背が高いはずの彼の方がちっちゃく見えるほど威圧されてしまう。


「何が『お前も』なのかな?」

「えっと、あの……」

「男同士で彼女の悪口なんていい度胸だね」

「これにはワケがありまして……」

「話してみて」

「愛実が最近冷たいなって。だからそれで……」

「なるほどね、憂さ晴らしか」

「いや、ちがっ―――――――――」


 その後、本当のことを伝える間もなく瀕死の体がゴロンと転がってきたことは言うまでもない。


狭間はざまくんは、あっちの2人に成敗してもらうから」

「え、僕も?」

「女の子の悪口を言うことがどれだけ重罪か、よく体に刻むといいよ」

「悪口言ってたのはバケツくんだけなのに」

「止めなかったから同罪」

「……わかったよ」


 納得は出来なかったけど、諦めて2人からの往復ビンタを甘んじて受け入れることにした。

 さすがに彼女たちも可哀想だと思ってくれたのか、後半はやったふりだけにしてくれたけれど。


「……ほっぺが熱いよ」

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