第316話

 瑛斗えいとたちが買い物をしているちょうど同時刻、紅葉くれは麗華れいか愛実あみの3人もまた買い物に来ていた。

 彼女たちの目的も同じく修学旅行に必要なものを手に入れることなのだが、訪れている店の種類は大きく違う。


「部屋に忍び込むためには、やっぱり武器が必要だよね〜♪」

「随分と物騒な話じゃない」

「武器と言うと、リボルバーですかね?」

「もっと物騒なのが隣にいたわ……」


 普通、忍び込むために使うのなら、ハンマーだったりバールのようなものを想像するだろう。

 拳銃なんて持っていく考えが出てくる人間に、忍ぶつもりがあるとは到底思えなかった。


「そんなことありませんよ。私の屋敷で働く人間は、全員が銃の訓練を受けていますし」

「そうなの?! 知らなかったわ……」

「ちなみに、私は殿方のハートを撃ち抜く訓練を受け始めました」

「誰も聞いてないわよ」

「ただ、瑛斗さんの性格に前例が無いため、講師が1ヶ月で6人も過労で倒れていて……」

「どうせブラックな雇い方でもしたんでしょうが」

「『失敗したらリアル脱出ゲームに参加してもらう』と伝えただけです。何の問題もありません」

「大問題でしかないわ。私以外に被害者増やしてんじゃないわよ」

「あの時の被害者はむしろ瑛斗さんの方かと」

「……それもそうね」


 本物っぽく見せるためとはいえ、急所を蹴り上げたのだから。紅葉が若干手加減をしていなければ、今頃の彼は生殖機能を失っていたかもしれない。


「2人とも思い出話してるところ悪いけど……」

「あ、すみません。放置してしまって」

「気にしないで! とりあえず、気に入ったものを試着してみよっか♪」


 愛実はそう言いながら、早速3つほど選んで見た。武器を買うという話をしたところだが、試着という言葉に違和感を覚えた人は少なくないだろう。

 そう、ここで言う武器とはバールでもリボルバーでも札束でもない。俗に言うのことだ。


「忍び込むために下着を新調するんですよね?」

「そだね〜」

「どうしてわざわざそんなことするのよ」

「そんなの決まってるじゃん?」


 愛実は「ふふん♪」と胸を張ると、中ランクの割に自己主張の激しいソレを揺らしながらにんまりと笑った。


「修学旅行に男子部屋に忍び込む女子。やることと言ったらひとつしかないっしょ!」

「そ、それってつまり……」

「まさか、そういうこと?」


 意味深な言葉から意図を察してしまった2人は、顔を見合わせてから気まずそうに目を逸らす。

 深夜に部屋を移動するという悪事に重ね、さらに悪い子になってしまおうということなのだ。


「そんな、瑛斗となんて……」

「無理ですよ、心の準備が……」

「のんびりしてると、他の子に取られちゃうよ?」


 その初心な表情を面白がる愛実が、耳元で「とりあえず、候補を2人に絞らせな?」と囁くと、紅葉たちは動揺しながらも首を縦に振る。


「そ、そうよね。そろそろ大きく出ておかないと」

「お風呂も一緒に入ったくらいです。今更、下着くらい平気で見せられますよね!」


 やる気を出してくれる2人を見て満足げに頷いた愛実だったが、しばらくして「……ん?」と首を傾げた。


「待って、お風呂って言った?」

「ええ。瑛斗と洗いっこしたわ」

「水着は着てましたけどね」

「……マジ?」


 恥ずかしがる様子から何も出来ていないのだと思い込んでいた彼女にとって、その情報はあまりにも信じ難いもの。

 むしろ、風呂にまで入っておいて、恐れるものが残されているのかどうかも怪しいレベルだった。


「2人とも、狭間はざまくんとはどこまで進んだの?」

「私は一応キスまで」

「右に同じです」

「というか、白銀しろかね 麗華れいかがキスしてるところを見せつけられたのよね」

「根に持たないでくださいよ、あれは宣戦布告じゃないですか」

「それにしても嫌味すぎるわよ」


 そんな軽い小突き合い程度の喧嘩を始める2人を眺めていた愛実は、手に持った色気のある下着を見つめて短いため息を零すのだった。


「私の彼も積極的になってくれればいいのに……」

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