第315話

 班決めをした数日後の放課後、僕はバケツくんに連れられてショッピングモールに来ていた。

 目的はもちろん、修学旅行に行く上で必要なものを買いに来ることである。


「バケツくん、何が必要だっけ?」

小宮こみやだ。部屋着なんかは家にあるのを持っていけばいいな。水着も持ってるだろ」

「水着? 冬だよ?」

「何言ってんだ、マリンレジャーの時間があるだろ」


 バケツくんが見せてくれた『修学旅行のしおり』には、確かに海に入る時間が確保されている。

 それもただ遊ぶのではなく、海に潜って珊瑚さんごやら魚やらを観察する時間という注釈までついているではないか。


「あれ、僕たちってどこに行くの?」

「沖縄だろ。去年からみんな楽しみに……って、そう言えば瑛斗えいとが転入してきたの今年だったか」

「へえ、沖縄かぁ。行ったことないや」

「この時期が一番快適に過ごせるからな」


 確かに、それなら普通に海に入るのは辛いかもしれないけれど、マリンスーツを着ていれば寒さ対策もバッチリだろう。

 これは有意義な旅行になりそうな予感がするね。


「買う必要があるとすれば、沖縄に合う服だろうな。さすがにこっちの気温に合わせてたら倒れる」

「出発が11月中旬だから、こっちだと雪が降るところもあるくらいだもんね」

「向こうは気温24度は普通だろうし、半袖で足りるはずだ。羽織るアロハシャツでも買っとくか」

「沖縄なのに?」

「南国気分味わおうぜ!」


 そんな感じで、色違いのアロハシャツを買わされてしまった。別に欲しくはなかったけど、あんなキラキラした笑顔で言われると断れないよね。

 どうしてバケツくんが赤で、僕が青なのかは気にしないでおこう。赤が主人公カラーだと思ってるなんて小学生みたいだし。


「次はあっちの店のシャツを見てみるか」

「まだシャツ買うの?」

「4泊5日だぞ? 毎日同じはダメだろ」

「羽織るだけだし、そういうの気にしないんだけど」

「そんなんじゃモテないぞ……って言いたいところだが、事実どうしてお前がモテてるのか分からないんだよな」

「それは僕が一番聞きたい」


 紅葉との出会いは単純にぼっち同士の縁だったし、麗華とは隣の席になった偶然。

 ノエルに関しては、いつそういう気持ちになったのかも分からない。本気だと言われるまで気付かなかったくらいだし。

 カナに関してはただの後輩ってだけだったのが、女装に気が付いたあたりからやたら懐かれるようになった。

 奈々が一番時期も理由もハッキリしているけれど、妹だからさすがに例外だよ。


「ほんと、なんでなんだろ……」


 その中の誰一人にも答えを出せていないのだから、自分の情けなさを痛感しちゃうね。

 今度、会長に相談してみようかな。恋愛を知った会長なら、ハロウィンの時みたいにいいアドバイスをしてくれそうだし。

 一応、相談する前に浜田はまだ先輩にお菓子を届けておこう。変な疑いをかけられると困るから。


「その反応を見るに、お前を好きなのはあの二人だけじゃないな?」

「……さあね」

「少なくともS級2人に好かれてるなんて、男として素直に羨ましいぜ」

「そんなこと言ったらバケツさんに怒られるよ」

「それは言わない約束だろ?」


 バケツくんはやれやれと言いたげに首を振った後、「まあ、俺からしたら愛実あみはS級だけどな」と白い歯を見せて笑った。


「愛実ってバケツさんのこと?」

「おう。下の名前までは知らないか」

「上の名前も知らない」

「さすがに覚えてくれよ。佐伯さえき 愛実あみだ」

「覚えてたら覚えとく」

「ちなみに、俺の名前は?」

「小宮」

「覚えてるなら呼んでくれよ」

「わかった、バケツくん」

「……ったく」


 呆れるバケツくんに内心笑いつつ、僕たちは次の店へと移動する。その道中、ふと気になったことを彼に聞いてみた。


「バケツくんたちっていつから付き合ってるの?」

「去年の初めだな」

「出会ってすぐなんだね」

「ほら、小宮と佐伯だから出席番号が前後だったんだ。それで仲良くなってな」

「やっぱり恋愛って偶然なんだ」

「きっかけはそうだな。でも、その先は努力しなきゃ進めないことだらけだ」


 バケツくん。いや、小宮は「モテるやつの苦労は分からないが……」と僕の胸に拳を軽く当て、満面の笑みを浮かべながら言ってくれる。


「お前も頑張らないとな」

「……そうだね」


 冗談で「名前、覚えられるように頑張るよ」と言ったら、本気で溜息をつかれてしまった。

 そんなに呆れなくてもいいのにね。

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