第308話

 ノエルとイヴ、彼女たちがしている仮装は、かの有名な『ヘンゼルとグレーテル』である。

 ボーイッシュに決めたノエルがヘンゼル。可愛らしい少女のイヴがグレーテル。仮装としては地味な気もしなくはないが、似合っているので良しとしよう。


「ノエルって男装も似合うね」

「えへへ、そうかな?」

「いい子感溢れてる」

「じゃあ、思い切ってショートカットにしちゃう?」

「いいと思う。僕はロングの方が好きだけど」

「ならこのままでいいかな♪」


 そう言って後れ毛を弄る彼女を微笑ましく思いつつ、隣のイヴの方へと目を向けた。

 彼女は役になりきっているのか、ノエルの服を摘んで離そうとしない。さすがだね、細かいところまで器用だよ。


「……」ジー

「あ、お菓子いる?」

「……」フリフリ

「僕は魔女じゃないから安心して」

「……」コク


 小さく頷いたイヴは、僕がクッキーを差し出してあげると、匂いをかいでからカプっとかぶりついた。

 飲み込んで間もなく、視線で『もう一枚』と訴えてくるところを見るに、浜田はまだ先輩考案のレシピは気に入って貰えたらしい。


「そういえば、ヘンゼルとグレーテルって魔女出てくるんだっけ?」


 奈々なながそんなことを聞いてくるから、スマホであらすじを調べて見せてあげた。

 簡単に言えば、あのお話は色々と改変されているところもあってどれが本物か僕には分からない。

 ただ、熱湯に突き落としたり、パン釜の中に閉じ込めたりして殺したというストーリではあるはずだ。

 命の危機があったとはいえ、それを躊躇いもなく行ったグレーテルは、もしかすると人の形をした悪魔なのかもしれないね。


「で、それがどうかしたの?」

「いや、そうだとしたら私……」


 奈々は眉を八の字にしながらローブを脱ぐ。すると、押さえられていた三角帽子が起き上がり、やたらヒラヒラとした衣装が現れた。


「……殺される役なんだけど」


 そう、彼女は魔女の仮装をしているのである。

 様々な物語で様々な殺され方をする、ある意味一番可哀想な存在だ。悪役だから仕方ないけれど。


「イヴちゃん、魔女が現れたよ!」

「……」ジー

「え、ちょ、イヴ先輩?!」


 役になりきりすぎて、奈々を捕まえようとするイヴを僕が捕まえ、軽くほっぺをつまんで正気を取り戻してあげる。

 それから触り心地が良かったのでもう5回ほどむにむにしてから、何故かノエルではなく僕に懐いてしまった彼女を撫でながら奈々の方を向いた。


「まあ、良い魔女もいるからね」

「良い魔女?」

「シンデレラとか、メリー・ポピンズとかだよ」

「確かに! でも、これも入ってたんだよね……」


 彼女がそう言いながら三角帽子の中から取り出したのは、やたら尖った大きい付け鼻。

 こんなものを見せられてしまえば、これは悪役の魔女の仮装ですとしか言いようがなかった。


「お兄ちゃんは奈々が悪い子でも味方だからね」

「慰められると余計悲しくなるよ!」

「ちゃんとグレーテルに倒されて、次はいい子に生まれ変わればいいからさ」

「来世に期待しないで?!」


 そんなことを言いながら笑っていると、ふと視界の端に俯いているカナの姿が入る。

 少し待たせ過ぎたかと思って近付いてみると、彼は背中に隠していた身長程ある鎌を取り出して見せた。


「みんなはいいよね〜? 私だけ同じ童話の仲間が居ないんだもん」

「カナもローブを取って仮装を見せてよ」

「……私の仮装はこのままだよ」


 一瞬、その言葉の意味がわからずに首を傾げてしまったが、鎌との関連性に目を向けてみれば、確かにこれでいいのかと頷ける。


「死神の仮装だったんだね」

「その通り。私の番で衣装作るの飽きたのかなぁ」

「確かに手抜きな気もするね」


 鎌は手作り感満載だし、ローブもみんなが持っているのと同じ。言われてみれば死神ではあるが、宗教の人と言われれば信じるレベルだ。


「せめて仲間が欲しかったよ〜!」

「仲間ならいるよ。釜に落とされた魔女が」

「えっと、釜と鎌ってこと?」

「いえす」

「……先輩、寒いよ」


 10月終わりの空気が1月中旬辺りまで下がったところで、僕は「じゃあ、始めようか」と話を強引に切り替える。

 決して滑ったのを誤魔化したかったわけではない。ただ、ほんの少し居心地が良くなかっただけだ。


「先輩、私への感想は?」

「似合ってる」

「……あれ、嬉しくない」


 そりゃそうだ、死神が似合ってるなんてもはや悪口だからね。

 僕がそれに気がついて別の褒め言葉を探し始めるのは、それから数分後のことである。

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