第303話

 会長と浜田はまだ先輩との件が解決した翌日、僕は紅葉くれは麗華れいかの3人で食堂に来ていた。

 今日は久しぶりにここの丼物を食べてみたくなったのである。表向きは奈々ななのお弁当お休みデーだけれど。


「それにしても、よくそんな面倒そうなことを東條とうじょうさんが手伝いましたね」

「何よ、まるで私が薄情な人間みたいじゃない」

「実際そうですよね?」

「情に満ち溢れてるわよ!」

「その小さな体にですか?」

「……ちょっと表に出なさい」


 紅葉が机を挟んだ向かい側に座る麗華に掴みかかろうとして、手が届かずに悔しそうな顔をしたところで僕は「落ち着いて」と喧嘩を止めた。

 今は落ち着いて唐揚げ丼を味わいたいよ。唐揚げにかかっているソースとマヨネーズがマッチしていて、尚且つシャキッとした千切りキャベツと一緒に口に放り込むと美味しいことこの上ない。

 カロリーを気にしなくていい世界線なら、毎日食べに来ちゃってたね。おばちゃんにレシピを教えて貰えないかな。


「まあ、東條さんの働きのおかげで、瑛斗えいとさんを狙うS級が一人減りましたね」

「確かに嬉しいことだけど、すぐそういう考えに至る辺りがやっぱり合わないわ」

「東條さんと合わなくても問題ありませんが?」

「それはこっちのセリフよ」


 せっかくの美味を前にいつまでもうるさいので、とりあえず彼女たちの口の中に2人が頼んだカツを突っ込んでおいた。

 おかげで飲み込むまでの間は静かになってくれたよ。今度大きめの飴を作って同じ作戦を試してみよう。

 そんなことを考えながら食べ進め、15分程度で全員が完食。手を合わせてごちそうさまをしてから席を立った。


「仮装が出来上がるのって明後日だっけ?」

「そうだったはずよ。何の仮装になるのかしらね」

「リクエストも何もしてないから、変なのを作られたりしたらどうしよう」

「大丈夫よ、部費がかかってるんだもの」

「そうだね、似合うのにしてくれたらいいなぁ」


 麗華の「東條さんは小さなおじさんのコスプレですね」という言葉に喧嘩が勃発。

 最終的に通りかかった綿雨わたあめ先生によって、2人まとめて叱られてしまったことは言うまでもない。


「次またこんなところで喧嘩したら、先生本気で怒っちゃうわよ〜?」

「綿雨先生って怒っても怖くなさそうですよね」

狭間はざま君、先生こう見えて強いのよ?」

「空手でもやってるんですか?」

「いいえ。でも、去年に行われた『教員ボクシング大会』で優勝したの」

「ここの先生は物騒な催しをやるんですね」


 ニコニコしながら「胸ばっかり見てくる学園長をボコボコにして勝ったのよ〜」と思い出に浸る綿雨先生に、僕は苦笑いすることしか出来なかった。

 そう言えば、去年の正月に会いに行った時に叔父さんの右頬がやけに腫れていた。あの時ははぐらかされたけど、まさかここで答えがわかるとはね。


「とにかく、怒った先生は怖いから気をつけてね?」

「なるべく怒らせないようにします」


 紅葉と麗華も「気をつけます……」と頭を下げたことで、ようやく解放されて教室へと戻れる。

 ただご飯を食べて帰ってきただけなのに、やけに疲れたような気がするよ。


「瑛斗、明後日の放課後に仮装を取りに行くの?」

「そうなるね」

「じゃあ、今日のうちに誘っておかない? 予定を空けておいてもらわないとだもの」

「そうだね。奈々には伝えてあるから、とりあえずホームルームが終わったらノエルたちのところに行こっか」

「ええ、わかったわ」


 頷いてから自分の席へと向かう紅葉。麗華は今日なら来れるということで、少し多い気もするけれど3人で誘いに行くことにした。

 ノエルたちの後はカナを誘おうかな。彼は確か今日もバイトだったはずだし、あの文房具店に行けば会えるだろう。

 僕はそんなことを考えつつ、窓の外を眺めながら「パーティ、楽しみだなぁ」と呟いたのだった。

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